+++ Indigo Waltz +++
mobile style >>novel>>


BODY & SOUL 12

夢はみなかった。
いや。
脳の構造上、本当はみていたのかも知れないが、何も覚えてはいなかった。
暑くも無く、寒くも無い。
心地よいまどろみの中で始めに気づいたのは、瞼を通しても分かる明るさか、最近気に入って使っているシャンプーの微かな甘い香りか。
そして、優しい感触が、頭を撫でるように髪を梳いていく。
確かめなくても当麻には分かる。
これは従兄の大きな手だ。
無骨な指が、それでも精一杯気遣わしげなタッチで、遠慮がちに、たどたどしく。
額を撫で、頬を撫で。
執拗なくらいの熱心さで、ゆっくりと輪郭を辿っていく。
目を開けて見なくても、その不器用そうな動きがつぶさに想像できて。
くすぐったさも手伝って、当麻は思わず口角を上げてしまった。
「・・・・・・・・」
ベッドの上でゆっくり目を開けた当麻の視界に、手を引っ込めた、心配そうな従兄の顔が映った。
その微妙に強張った表情に、今日の経緯を思い出す。
思い出しはしたが、あまり怒りは盛り上がらなかった。
この香りのせいかも知れない。
と、感情の安定の理由を、当麻は安易に見当づける。
解剖を一件終えた後だったので、髪の毛などにどうしても、血液その他の臭いが薄らでもついていたはずなのだが。
今、それはすっかりフルーティーな香りに摩り替わってしまっている。
「・・・・フロ、入れてくれたの・・・・?」
「・・・あぁ」
「サンキュ」
掠れたのは最初だけ。割と普通に声は出せた。
囁き合うような会話が途切れて、暫し静けさが漂う。

「・・・すまん。悪かった・・・・」
今以外は無い、というタイミングで、若頭は静かに・・・だが厳然と謝った。
ベッド脇で頭を下げたまま顔を上げない従兄の様子に、当麻はふっ・・・と笑ってしまう。
笑いながら身じろぐと、当たり前だが思わぬ痛みが走って、眉を顰めて息を詰めた。
「・・・謝んなきゃいけねぇような事、すんな・・・バカ。」
苦笑しながら、言う。
征士は噛み締めるように黙って頷き、また神妙な硬い表情で「すまなかった・・・」と謝罪した。
人に頭を下げる若頭、というのは非常に珍しい。
立場上も勿論ながら、昔から彼は、謝らなければいけない事態に陥る事が滅多になかったのだ。
優等生だったワケでは決してないけれども。
少なくとも彼は、間違いなく従弟よりは実直な人物だ。
「・・・何、怒ってた?」
その彼に、従弟は許すとは一言も言わずに訳を質す。
「・・・・怒っていた訳では・・」
「怒ってたよ。」
否定しかけた征士の言葉を遮って、『間違いなく事実だから。』と、当麻はきっぱり訂正する。
語調は決して強くはないけれど、凪いだ水面のような不気味さと緊張感を孕んでいた。
めったに従兄に向けられる事はない雰囲気だ。
「・・・・すまん。・・・八つ当たりだ」
怖いくらいに澄んだ蒼い双眸に、静かに先を促される。
この目をじっと見つめ返せるトコロは、流石の若頭、と言えるかも知れなかった。
「・・・不安だったんだと、・・・思う」
「・・・何が?」
「・・・・・・・」
従弟にだけ判別できる、少し困ったような微妙な顔で黙りこんだ征士を暫し見つめて、何に思い当たったのか、当麻はその目を見開いた。
「俺・・・か・・・?」
「・・・・・・・」
無言は肯定。
マジかよ・・・。
ヒントなしで解答まで辿り着いたなら何か心当たりがあったのだろうに、信じられないのか信じたくないのか、当麻はポソッと呟いた。
「・・・あのな、征士・・・・・」
言いかけて、言葉が続かず。
お前に不安がられる、俺のほうが凹むだろ・・・と、その目が雄弁に従兄に訴える。
「すまん・・・」
繰り返される謝罪。
その短い言葉に精一杯込められた、いろいろと複雑な意味合いだけは簡単に汲み取れて。
「・・・首、だるい。お前もココ上がれ」
ベッド脇で、背を真っ直ぐに伸ばして控えている大きな肉食獣に、当麻はベッドをポスポス叩いてみせた。

「あのさ。・・・俺はお前の何なのかな?」
自分たちのベッドの上で、慣れたポジションで間近から目を覗きあって。
投げられたクラシカルな質問が、征士には手榴弾にも感じられる。
──── 俺って、お前の、何なの?
「・・・・・・・・・・従弟、だ」
「そうだよ」
何だよ今の微妙な間は?考えなくてもソレしか無ェだろ?
回答内容は正解らしいが、時間がかかりすぎだと当麻は言う。
「じゃぁ、イツから“イトコ”やってる?4つん時からか?」
疑問の形をとってはいるが、当麻はもう従兄に回答を求めてはいなかった。
「違うだろ。始めからだろ?」
極めて至近距離から、澄んだ蒼がじっと征士の内側まで見据える。
「俺たちが生まれる前から・・・二人ともまだ母親の腹ん中に居る時から、もう“イトコ”だったんだぜ?」
征士に聞かせるためだけに作り出された言葉が、その目を通して真っ直ぐ注がれる。
「んじゃ、いつまで“イトコ”なんだ」
死ぬまでか?
そーじゃねぇだろ?
「死んだって、変わりゃしねぇよ。・・・・誰が何言ったって、・・・誰が何したって、もう変えられねぇのよ・・・?」
言葉の意味が、神経細胞を伝って脊髄を震わせる。
体の末端まで伝播する感覚を、確かに征士は感じたと思った。
「・・・・・・何の文句がある?」
呟くように、小さく訊かれて、今度は考える間も無く征士は無言で首を振った。
「・・・いや、何も無い」
「俺もネェよ」
ニヤリと慣れ親しんだ悪戯っぽい顔で笑われて、コレが自分の訴えた不安に対する当麻の答えなのだと、やっと征士は悟った。

「俺はお前の従弟なんだからさぁ。待ってろ、とか何時にドコまで出て来い、とか、好きなだけ言えばいいだろ?」
体を気遣いながら恐々と抱き寄せた征士の首筋に額を摺り寄せるようにして、当麻がここ数週間のすれ違いを当て擦る。
だが。
俺、お前の頼みなら大概聴くぜ?
と続いた、その言葉に、ウソは無い。
待ち合わせや呼び出しなどは、ほんの些細な事例に過ぎない。
そんな瑣末な事ではなく。
過去、征士が従弟に寄せた要望で、叶えられなかった事など咄嗟に思い浮かばない程だ。
征士は同意と感謝を込めて、従弟の薄い背を撫でた。
「でもな。お前の“お願い”は俺が聴いてやるんだから、俺の言う事はお前が聴いてくんないとダメじゃん?」
車中での顛末の事だ。
「・・・悪かった。もう二度としない・・・・」
当麻の静止を全く聞かずに及んだ暴挙を詫びたのだが、その当麻は、ちょっと意地悪そうにフフッと笑って見せた。
「セダンでは?」
狭いもんな。
「・・・・・・・・・・」
言葉もない従兄に、更に追い討ちをかける。
「ワゴンタイプならちょっとはマシかも・・・」
「・・・・・・・・・・」
酷い頭痛がしたような気がして、征士は目を閉じて眉間に皺を寄せる。
・・・頼む、許せ・・・・と、そのまま黙って従弟の髪に口づけた。

「・・・・腹減った・・・・。ケーキは?」
「母屋へ預けて来たが・・・?」
という征士の返事を聞いて、なぜか従弟殿はまたニヤリと笑う。
征士はその表情を直視したわけではないが、空気で分かるのだ。
これは従弟の、“サドスイッチ”が入った時の笑い方なのである。
どこにあるのかは不明だが、今回に限ってはそのスイッチを自分が押してしまった自覚もあって、征士は情けなくも殊勝な気持ちで全てを甘受する覚悟を決めた。
「何時?・・・・おぉ、ちょーどイイじゃん」
ベッドサイドに置かれた時計が指す16時前、という時間は、いたく当麻のお気に召したらしい。
電話取って、と伸ばされた手に子機を渡して、征士は成り行きを見守った。
まずは母屋へ・・・
「みんなでお茶にしよう!悪いけど準備よろしくー」と連絡を入れる。
「・・・うん、そう。亜紀ちゃんも食べてね。持って帰れるんなら何個か持って帰ってくれてもいいし。いっぱいあるから。」
どうやら手伝いの女性と話しているらしい。
最後に「今、祖父ちゃんも居そう?」と訊くのも忘れない。
諦観する征士の目の前で、当麻は次いで祖父の部屋へと内線をかけた。
曰く、お茶の時間だよ〜、と。
気に入りの孫にこう呼ばれては、裏社会の大物もイチコロなのである。
しかも、「征士にしこたまケーキ買わせたんだー」と聞かされれば、何かのお詫びの罰ゲームだと簡単に察しがつくだろう。
頭の痛いことである・・・。
さて次に、当麻が呼び出したのは。
組事務所の内線番号。
「・・・あぁ、俺」
などと、ぞんざいに名乗る“オレ様”はこのお方しかいない。
事務所の面々も慣れてはいるだろう。が、先ほど意識のない状態で車から抱き下ろされた出来事は、彼らの顔色をも失わせた騒ぎだった。
電話越し、見守るだけの征士にまで、強面男たちの嫌な緊張が伝わってきそうだ。
「沢木と藤崎、居る?──── いや、代わんなくていぃ。二人とも母屋まで来いって言っといて。」
ちょっと温度の低い声は、突き放すような響きで怖さがある。
役目を終えた電話の子機を受け取ってサイドボードへ戻しながら、征士は謝罪と宥めを込めて、自分の肩に載ったサド侯爵の小ぶりな頭にそっと指をくぐらせた。

「あ・・・そうだ・・・」
撫でられるままに大人しく従兄の手を味わっていた当麻が、何を思いついたのか身じろいで征士を仰ぎ見る。
不穏なスイッチは、一時的にでも切れているらしい表情だ。
「あのさ。次、生まれ変わったらさ、どうする?」
また唐突な・・・。
と当然思いはしたが、長年の付き合いで慣らされたらしく、征士はすぐに適応した。
「どうする、とは?」
「俺と結婚する?・・・お友達から始めてみるのもイイかも知んねぇなぁ・・・」
生まれる前から始まって死んでもイトコなんだ、という、先ほどの話の関連らしい。
「お前に選ばせてやる。」
征士の従弟は、ひたすら可愛らしくどこまでも傲慢だ。
・・・超美人な征ちゃんを嫁にすんのも・・・・。
そっちか。
夢見る口調の従弟に、征士は苦笑いで突っ込む。
ちなみに俺は、女になるんならボンキュッボンッのナイスバディになる予定。
と、なぜか非常に得意げな従弟を眺めて、征士はしばし真剣に熟考した。
「そうだな・・・・・」
それも、確かに惹かれるが・・・。
「いや、やはり・・・・次も、“従兄弟”で頼む」
逡巡から立ち返って、こう言わせる決定打が何だったのか、征士本人にも絞れはしなかった。
だが。
最初から・・・そしていつまでも当麻の“トクベツ”である、というこのオイシイ立場を逃す気は無い、というのが征士の譲れない結論だ。
迷い無くハッキリと希望を口にした征士に、従兄の頼みは大概叶えると豪語する当麻は、ひたすら自信有りげに・・・満足そうに笑って頷いてみせた。
「オッケー。」
任せとけ────

To be continued.


B&S 13 novel list Topへ


↓公告表示エリア