+++ Indigo Waltz +++
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I have a pet dog. 3
an extra of "BODY&SOUL"



「お疲れ様です!」
「お帰んなさいッ」
口々に上がる声は、さながら某古本屋入店風景のようである。
その歓迎の声が、全体的に野太く重低音であることを除けば・・・。
そして。
注意深く観察すれば、強面の面々に安堵感が滲み、心地良いとはお世辞にも言い難いその声にも喜色が窺えた・・・かも知れないが、しかし。
この潤いの欠片もない組事務所で昼寝だってお手の物♪・・・な当麻の神経には、露ほども作用しない。
「んー・・・お疲れさ〜ん」
へろ〜ん、と答えながら、どこまでも壮大で尊大な無神経でもって、厳つい舎弟たちの間をズカズカ進む。
手に提げたチョコ菓子入りのコンビニ袋をぷらぷらさせながら。
気の向くままに立ち止まり、「これ、差し入れな。」と細い顎で指してみせたのは、後に続く哲に持たせた1500mlペットボトル入りのコーラ、4本。
「いつもすいませんっ」
「っありがとうございます!」
「あ、待って待って。俺、ソレ欲しい」
「・・・・・・当麻・・・・・」
差し入れのコーラを受け取ろうとしている舎弟を止めてコーラの袋を何やらゴソゴソし始めた当麻の背中に、事務所の奥から落ち着いた声でお呼びが掛かった。
落ち着き過ぎて、重苦しい程のその声は・・・・やはりというか、なんというか。
ウワサの若頭、その人である。
専用の執務室が別にあるにもかかわらず、大部屋の最奥、暗褐色の重そうな机の向こうに、組まれた足と革靴が斜めに覗く。
存在感は、言うまでもなくたっぷりと・・・・溢れ返るほどだ。
機嫌不機嫌を簡単に周りへ悟らせる人ではないけれど、コツ・・・コツ・・・と手にしたペンの尻で机を小さく鳴らしながら、静かに低く従弟を呼び捨てるその様が、上機嫌には決して見えない。
「んー、今行く〜」
呼ばれて振り返りもせず、肩越しに手を上げて無造作に答える当麻とは対照的に、見守る舎弟たちばかりが目には焦りを、眉間には縦皺を浮かべて一様に心配顔であった。

「あー、俺も飲むから!ヨロシクな!」
差し入れた筈のコーラを自ら所望して、お嬢はやっと踵を返して大股に奥へ。
よっ。と挨拶なのか何なのか分からない声を従兄に投げて歩み寄り。
「お前にも土産♪」
そう言うが早いか、黄色い札のような物体をペちんっ、と従兄の秀でた額に押し付けた。
キョンシーの額に霊符を貼るがごとく。(・・・古い・・・・)
「・・・・・・・・・」
ニヤニヤニヤ・・・
人の悪い笑みを満面に浮かべる当麻の背後で、事務所の空気は見事に固まっている。
舎弟たちは口を『ゲッ?!』の形に開けたまま、驚愕の表情で瞬間冷凍されたかのようだ。
「・・・・・?・・・・」
一瞬冷たく感じたビニール系樹脂素材の何かを額から剥ぎ取るようにゆっくり手にとって、事務所の中、蒼い悪魔以外では唯一石化していなかった若頭はしげしげとそれを眺めた。
ホテルの部屋のドアノブにかける、あの『Don,t Disturb 』札のようにドアへ掛けられる形状の、その薄い縦長の札に書かれていた言葉は・・・・・
WARNING ! BEWARE OF DOGS─ 猛犬注意!
「・・・・・・・・・」
注意喚起を促す赤く力強いブロック体の文字の下で、とぼけた犬のキャラクターがニヤリと笑っている。
「なかなか使えそうだろ?」
得意げに言う従弟を前に、征士は俯いたままクックッと喉の奥で笑い出し。
凍り付いていた事務所の空気がやっと溶けて普通に・・・気体に戻った。

「・・・・わりぃ。ちょっと赤くなったなぁ」
傍らに立ったまま覗き込むように顔を近づけて、従兄の額を指の腹で撫でながら当麻は大して悪びれもせず口先だけで謝る。
しいて言えば、その柔らかいタッチの指先だけが当麻の気遣いの表れなのかも知れなかった。
征士の前には、机に並べられた黄色い札が4種類。
どうやらコーラの“オマケ”だったらしい。
ふと気になって、先ほどの『 WARNING! 』の札を裏返すと、『We have a pet dog. ─ 犬がいます。』
・・・もう苦笑するしかない。
(ごくごく大人しい犬なんだがなぁ・・・・)と思いながら、征士は札を表に───『危険!』と書かれた方へと戻した。
「コッチは俺のな♥」
と当麻が指す別の札のコピーは、『I'm studying now!─ 勉強中です』だった。
確かに職業柄、彼に“お勉強”は必要不可欠なのだが・・・。
頭は良くても気が乗らない事しばしば、要領だけは抜群に良いサボり常習犯な従弟を良く知る征士は、「・・・・いつ使うんだ・・・?」と呟いて即座に反論され。
また小さく笑った。
・・・楽しい、と思った。
楽で、楽しい。
あからさまに機嫌をとられたワケでもないのに。
飄々としたこの姿が傍に来て、蒼い目が機嫌良く笑って、何て事のないバカ話をするだけで。
・・・胃のムカツキまで治まったように思えるのが不思議だ。
「これは?」
誰が使う?と、また別の一枚を指して独特の・・語尾が上がらない口調で問う征士に、「んー・・・」と当麻はちょっと考えてみせてから、「・・・田村にでもやるか?」と舎弟頭を推薦する。
「あいつの腹、ヤバイだろ。流石に。・・・今流行りのメタボリックってヤツだぜ、完璧。」
贈呈先の決まった札のコピーは『I'm on A Diet. ─ダイエット中。』
征士にも全く異存はなかった。
が、その札を裏返すと『I'm Eating Now ! 』の文句が現れる。
「・・・・使えん・・・」
「あらら・・・」
それじゃダメじゃん!と上がる楽しそうな当麻の声がまた自分を癒すようで、征士は至って自然に唇の端を引き上げた。

ニョ・・・と机上に伸びてきた当麻のほっそりした手を、節の高い大きな手がタイミング良くガッチリ捕まえる。
訊かずとも、その華奢な手が目指すモノなど征士にはお見通しだ。
「お前は高校生か・・・?」
呆れたように、嗜めるように呟いて、バカラの重厚な灰皿の上、比較的長い吸殻を狙っていた従弟を咎める。
「だってぇ〜・・・、こっち寄るつもりなかったから部屋に置いて来たんだもん、俺の煙草」
「それは申し訳なかった」
言外にやんわりと、『お前のために予定外の行動を強いられた』と匂わせるセリフが征士の苦笑を誘う。
暗色のスーツの内ポケットから煙草ケースを取り出して労うように従弟に勧めてから、征士はいつもの事ながら火までつけてやる。
「サ〜ンキュ♥」
嬉しそうに笑んでそのまま煙たそうに目を細めた当麻にも、従兄の精神状態は“視えて”いるらしい。
どことなく満足そうな表情だ。
まだそう長くもない灰を机上の灰皿に弾き落としておいて、キョロキョロと手近な椅子を探す素振りの当麻に、征士は自分の膝を叩いてみせる。
「・・・バカ。どんなキャバクラだよ?」
「失礼な・・・。そういう店で女を膝に乗せた事はないぞ」
「なんだよ〜。男のロマンじゃねぇの」
「生憎と、そんなロマンは持ち合わせておらん」
従兄弟二人の珍妙な遣り取りを邪魔しないタイミングで、椅子とご所望のコーラのグラスが差し出された。
「お前も飲む?コーラだけど。」と甘い炭酸飲料を勧められて頷く若頭、という珍しいものを目にした哲は、「すぐお持ちしますっ」と慌てて踵を返す。
カラカラと涼しげな氷の音を聞かせて、当麻は足りた表情でグラスへ口をつけた。
「・・・・で?・・・今日の困ったチャンは、毛利の伸ちゃんか。」
確認以上の意味はなさそうな従弟の言に、征士はまた苦笑する。
毛利の伸ちゃん ─── 毛利伸、という名の話題の男は、征士の同業者だ。
征士よりも歳は一つ上らしいが、中国地方を本拠地とするかなり大きな組織の・・・会長(トップ)をしている。
父親が早世した為に若くして後を継いだ形だが、(征士にはオモシロくないことに)頭も良く、なかなかのやり手である。
そして、伊達の東日本連合会とは今のところ表立って対立はしていない上に、どちらかというと友好的な関係ではあるが、なぜか征士とは個人的にソリが合わない。・・・というか、一方的に向こうから、征士に対する当たりがキツイのである。
当麻に言わせると「同属嫌悪?」らしいが。
腹が立ったとて、互いに預かる組織があるのでそうそう簡単に喧嘩は買えない。・・・という、征士にとってストレスを大量生産してくれる相手なのだ。
「なんだ・・・お見通しか・・・」
「いや、タネを明かすとさ。さっき俺の携帯に犯行声明が・・」
「電話か?」
俄かに不穏な色を帯びた従兄の問いと鋭い視線に、当麻は笑ってしまう。
件の彼は、征士に対するのとは全く真逆に、当麻の事はお気に入りらしいのだ。
『征士の従弟なんて辞めて僕の弟になりなよ〜♪』というのが口癖のようになっていて、征士は横でそれを耳にする度に苦い顔をしているのであった。
「うんにゃ。メール。」
見る?と言いながらもう携帯を取り出して、当麻は受信メールを開くとホイ、と差し出して見せる。
征士はそれに目を落とし、微妙な顔で従弟に視線を戻すと、力なく「メル友か・・・?」と呟いて、従弟を吹き出させ。
ふと思いついて、ざっくり要約すると『ごめ〜ん。また怒らせちゃったー。フォローよろしくー♪』という内容の、長々としたふざけたメールへ返したのだろう、従弟の打った返信メールを開けてみた。
『このイジメッコちゃんメッ!』
「・・・・・・・・・」
現れた文字列を眺めて、無言になる。
「あ・・・ちゃんと叱っといたから。」
「・・・・・・」
目の前の我が従弟に、窘められる毛利と宥められる自分─── という、業界ではそれなりに恐れられる、大の男二人を考察してみる。
・・・・敵わんな・・・・・と腹の中で独り結論に至って、若頭は静かに目を伏せて嗤い、口角を上げたまま、静かにその最強の従弟を見遣った。
「ん?なに?」
「・・・いや」
「・・・・・?」
訝しげなお嬢を満足気に眺める若頭の前にそっと冷えたコーラのグラスを置いて、そそくさとその場を離れながら、哲は一つ悟りを開いた。

若頭を指して、我らがお嬢は“犬のつもりな豹”だとノタマウ。
では、お嬢は一体何なのか。
哲は今、ついにその疑問に対する解答を得た。
お嬢は。
・・・・・・・“猛獣使い”だ。
・・・・・間違いねぇ・・・・。
天啓的に辿り着いた結論に、自分で納得してウンウン、と肯く。
これ以上に腑に落ちる回答は、存在しないと思われた。
そう・・・・間違いなく、“猛獣使い”だ!


Fin


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