+++ Indigo Waltz +++
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LOVERS ONLY
an extra of "BODY&SOUL"
暖色の柔らかな明かりに映える、さまざまな種類の酒瓶。
瓶の背丈もラベルの色も、酒の色さえとりどりなそれらが整然と立ち並んだ棚を背にした初老のバーテンダーを前に、伊達の若頭はカウンターで飲んでいた。
護衛の影もない。
珍しく、全くの一人だった。
ちょっとした食事も評判の良いバーである。
味も良ければ値段もそれなり。
アシッドジャズがごく控えめに流れる店内は、お子様が集う“クラブ”とは全く違う、適度に落ち着いた雰囲気が漂っている。
他人の邪魔をしない無邪気さをもった大人が集う場所。
時には楽器の生演奏も聴ける店なので、喧騒もほどほど。
しかし今日は、その喧騒も心なしか華やいで聞こえる。
理由は簡単。
イベントデーだから、である。
恋人たちの、セント・バレンタインデー。
金髪の美丈夫は、そんな雰囲気の店内でもあくまで一人泰然として見えるが、素でそうなのかポーカーフェイスなのか、機嫌の良し悪しすら滅多に表れない表情からも、傍目に判断は難しかった。
スタッフオンリーと書かれた扉が開いて、ひょろりとスレンダーな人影が現れた。
あぁ、いらっしゃいましたよ、と目配せをしたバーテンダーは、非常にイイ男ではあるがそれだけに、怖ささえ覚える鋭い双眸に喜色が浮かぶ瞬間を目にして鳥肌だつ。
貴重な変化の瞬間に立ち会うのは、何度経験しても良いものだ。
慣れない者の目には、それでも冷たく映るのかもしれない ─── その若頭の視線の先で、白いドレスシャツの袖のカフスを留めるのに夢中になっていたらしい顔がふと上がって、「あれ・・・?」と双眸が見開かれた。
間接照明の弱い光の中でも、その眼の特異な色合いが見て取れる。
一瞬足を止めてしまった目当ての人物に、煙草を持った手を上げて、若頭は促すように合図を送った。
驚いた表情は、すぐ笑みに緩む。
「俺、言ったっけ?今日ここに居るよって」
「いや・・・」
身軽に歩み寄って来た従弟のために、隣の椅子を引く。
相変わらず、唯一人に対してのみマメな様子がフロアスタッフの苦笑を誘ったが・・そんなオーディエンスの反応など、この従兄弟どもは一切気にしない。
「表に待たせてある」
とは、情報源の舎弟の居所らしい。今は、店の出入りを見張る面々に加わっているのだろう。
くくっ・・と笑って、万人がちょっと退いてしまうくらいに近寄りがたい空気を纏った偉丈夫の隣へひどく自然に納まった人物は、キレイな弧を描く眉尻を下げた。
薄く柔らかいシャツに包まれた肩の尖りが尚更従兄の庇護欲をそそるのかも知れないが、しかし口を開けば只のオレ様。彼 ─── 羽柴当麻は若頭の従弟であり、大学のセンセイでもある。
「可愛そうだけど、今日は一緒に入れてやれないよなぁ」
そこまで言って、一見無害な垂れ目美人はハタと従兄の横顔を見やる。
「ってお前、どーやって入った?」
今日ココ、カップル限定だぜ?と続けて、居もしないツレでも探すように向こうを覗き込んでみたりする当麻に、若頭も苦笑する。
確かに、店内のボックス席に納まっているのは、いずれもなにやら華やいだ空気を醸すカップル達だ。
「どうやって、と言われてもな・・・」
極めて普通に入って来たが。
同意を求めるように上がった視線に、バーテンダーはカウンターの内側から、有るか無しかの微かな笑みを浮かべて控えめに頷いた。
「“現地集合”でしょう」
落ち着いて優しげな物腰の言葉は、しかし断定的な音律だ。
「マスター・・・・」
おいおい・・・と言いたいのだろう、当麻の呼びかけは突っ込みと溜息の複雑な響き。
本日カップル以外入店お断りの店で?
俺と征士が?
当麻は困ったように眉を寄せ、隣で若頭はくつくつと喉の奥で笑った。
「バレンタインだっつってんのに・・・どーゆー日か分かってねぇんじゃねーの?もぅ・・・」
「どういう日なんだ?」
「・・・・・チョコ食べる日ダロ・・」
どんなツマラナイ薀蓄が聞けるのかと、ちょっと期待もした征士に返る、余りに簡潔なお言葉。
バレンタインに限らず、いつもいつも、ほぼ毎日チョコレートを口にしているであろう従弟の“まだ食うか!”な言葉に、征士は吹き出しそうになって慌てて煙草の煙を従弟から逸らす。
「それでいくと、節分は・・・」
「太巻きと鰯とマメ食う日」
「食ってばっかりだな」
かなりな規模の組を束ねる若頭と、大学准教授(しかも、医者・・・)の会話ではあるが、実際のところ、知らない人間は絶対に信じやしないだろう。
どう聞いても、せいぜいが気の置けない学生同士の会話。
この二人は・・・揃うと精神年齢が低下する。
さっきまで硬質な表情と雰囲気を醸していた若頭の、この変わりよう・・・と可笑しく思いながら、バーテンダーはポーカーフェイスで当麻の前へカクテルグラスを滑らせた。
「また・・・変わったカキ氷だな」
「チッガーウ!」
ソーサー型のシャンパングラスにフローズンスタイルの、淡いブルーのカクテル。
フローズン・マルガリータにブルー・キュラソーで色づけしたものだが、こんもり盛られたシャーベット状の愛らしいソレは、・・・確かに、(一応)大人のカキ氷だ。
ベテランのバーテンダーも、流石にクス・・・と笑いを漏らしてしまった。
まだ“先生”などと呼ばれるようになる遥か以前からよく店に出入りし、スタッフの好意で遠慮なく飲んでは、お礼と称してフロアでピアノを弾いてきた当麻は、昔からこのカキ氷スタイルのカクテルが大好物だ。
なので、黙っていてもココでは“大人のカキ氷”が供される。
バレるトコロへバレたら完璧に補導される年齢から今まで、好みが変わった様子も無い。
相変わらずお子様なセンセイだった。
「そーゆーお前は何飲んでんだよ?」
自分のカクテルが貶されたので、やり返すつもりなのか、当麻は従兄のグラスを流し見る。
「ウイスキーか?」
目顔で頷いてみせる従兄に、更に突っ込んで・・・。
「まさか、Ballantine'sとか・・・言わねぇよな。まさかな〜」
言われて征士はひょいと片眉を上げ、チラ・・・とバーテンダーを窺う。
「うわっ、ベタな選択!!」
「・・・私がお出ししたんです。」
若頭をフォローする為でもなかろうが、カウンターの中から落ち着いた声が名乗りを上げる。
ダメだ〜、二人ともベタ過ぎる・・・。と、准教授はわざとらしく肩を竦めて、渋い表情で首を振った。
タレ目のくせに。
・・・と、若頭が思ったかどうかは、定かではない。
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