+++ Indigo Waltz +++
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LOVERS ONLY
an extra of "BODY&SOUL"
ふと思い出したように、「ちょっと待ってて。」と言い置いて、一度スタッフオンリーのドア向こうへ引っ込んだ当麻が戻った時には、何やら緑色をした小箱を手にしていた。
「今日ぐらいは、お前にもチョコ食わさなきゃって思ってさ」
くるくると、器用に外装のビニールを剥きながら、なぜか得意げな言。
言い草としては、まるで無病息災を祈念して年に一度口にする・・・ような表現ではあるが、しかし。
早い話が“バレンタイン・チョコ”なのでは?
ちょうど他から入ったオーダーのカクテルをグラスに注ぎながら、カウンターの内側では動きたがる己の表情筋へ必死に緊張を強いる男が一人。
「酒のツマミになるかは分かんないけどさ・・ミントもきいてるし、そんなに甘くないから・・食ってみ?」
個別包装されたプレート状のチョコレートを従兄に渡しながらの言葉にひかれて目をやって・・・瞬時に決壊点を越えそうになり、バーテンダーは保険のためにも背後の棚の酒を探すフリで、愉しい従兄弟たちに背を向けた。
ミントクリームを薄いビターチョコレートで挟んだ、その逸品の名は・・・『After Eight』。
〜午後8時から〜とは、何とも意味深な・・・艶っぽい名ではないか。
同じような事を考えたのだろう、チョコレートの表面にも刻まれたその文字をしげしげと眺めた若頭は、パキリと齧る前に呟いた。
「・・これは、“お誘い”だな」
「んー・・・征ちゃん、それチョー勘違い。」
バッサリ斬られても、“征ちゃん”こと若頭は不敵に笑うばかりで堪えた様子もない。
ふむ・・これは食える・・・と、チョコレートに頷いている。
しかし・・・このミニスカ女子校生のような当麻の口調。
しつこいようだが彼は医者であり、且つ大学教職員なんである。
小作りな頭蓋の中身を疑う気はもうとう無いが、医学部の学生相手に、いったいどんな講義をしているのか・・・・ぜひ一度聴いてみたいものだ・・・と考えながら、バーテンダーは若頭の干したグラスをブランデーに交換した。
「チョコレートには、催淫効果があると聞いたしな」
「はぁ〜・・・?」
感心なのか、呆れなのか。
センセイは間の抜けた相槌を打ちながら、半分齧ったチョコレートをシャクッと大人のカキ氷にデコレートした。
「初耳だなぁ・・・誰の説?」
「“二蝶”の女将だ」
二蝶 ─── ちょっと敷居が高いくらいに高級な・・名の知れた料亭である。
これはまた、違った方向へ色っぽいハナシに・・・と思ったのは、なにもカウンターの内側に限った事ではなかったようだ。
「そんで、その新説と共に、和装美人からチョコレート貰ったんダロ?」
にやにやと愉しそうに、当麻は続ける。
「それこそ、“お誘い”じゃねーの?」
「確かにチョコレートと思しき包みは受け取ったがな」
そんな方向の艶話はあまり歓迎しない・・気分が、もしかしたら表情に出てしまったのかもしれない。
若頭から安心させるような視線をチラリと流されて、バーテンダーは反省しつつ、グラスを磨く手元へ目を落とした。
「どうせ私は食べないだろうから、これは先生に・・と言われて預かって来た。ここ最近そのパターンばかりだ。行く先々でお前への包みを渡されてな。全く・・・ミカジメの回収じゃあるまいし・・・・」
うんざりした口調ではあるが、もうすっかり諦めてもいるらしく、若頭の表情は苦笑ぎみだ。
「やったぁ・・!帰ったらチョコの山?」
非常に嬉しそうな、センセイが一人。
「征士経由で集まるチョコは、質が高くてゴージャスだからなぁ〜・・・・」
うっとりしている。
普段はどういう回路をどんな情報が流れているのか、凡人にはさっぱり想像できない当麻の頭だが、今なら分かる。
チョコレート色、一色だ。
「感謝は、私にして欲しいものだな」
わざと重々しく低められた声に、「わかってるよぉ〜」と、軽やかな返事。
「ありがと♪」
チュッと、ごく自然に若頭の頬に贈られたキスに、背後で小さく悲鳴が上がる。
だがこのキスは、いわば小さな子供の“スキスキ〜っv”と同じだ。
この従兄弟たちにおいては余りに日常茶飯事なので、当人たちは勿論、分かっている周囲も全く意に介さなかった。
「んん〜・・・だけどさぁ・・・」
濃い飴色のカウンターに頬杖をついた当麻が、隣の従兄に魅力的な視線を流す。
「俺、ほとんど毎日チョコ食ってると思うんだけど。・・・・どうよ?催淫効果って」
悪戯っぽく上がった口角。
答えが分かっていながら敢えて口にせず、学生に自ら考えて答えを出させる・・・・微かに“准教授”っぽさが表れて・・・いるのか、いないのか。
「・・・・・・・・ガセだな。」
「だな。」
非常に残念そうに結論付けた若頭と、真っ当な回答にとても満足そうなセンセイだった。
バレンタインの贈り物など一切受け取らないだろう伊達の若頭に、唯一受け取って貰う方法が、彼の従弟宛と銘うったチョコレートを贈る事なのだろう。
貰うと従弟が喜ぶので、若頭も苦笑しながら割合こころよく受け取ったに違いない。
送り主の女性達にしても、まぁ多少ビジネス上の売り込みもあったところで、きっと本気ではないだろうが・・・・それでも、イベントに乗じて普段そう気軽には話せない・・ちょっと怖いくらい桁外れなイイ男にプレゼントを・・・そんな気持ちも良く分かる。
下手な歌でも歌いだしそうなくらい、ひたすら上機嫌なセンセイと、それなりに満足げな伊達組・若頭。
・・・三者三様。
どうやら世の中上手く回っているらしい・・・。
思って、バーテンダーはくもりなく拭き上げたカトラリーを満足とともに定位置へ仕舞った。
曲は、Roy Orbisonの『Oh, Pretty Woman』から、Lauren Woodの『Fallen』へ。
従兄を前にしながら、『ジュリア・ロバーツ、超カワイイよなーっ』と主張して憚らない、センセイの選曲だろう、きっと。
まぁ・・・今日という日の選曲としては、まずまず・・良いのではないかと思える。
当のセンセイが奏でる・・(その人柄を知れば知るほど、聴き手を複雑な気持ちにさせる)透明感のある繊細なピアノの副旋律に、今日は哀愁を帯びたテナーサックスの旋律が乗って、一段と華やかだ。
優しいバラードに包まれて、真っ赤なロングドレスのジュリア・ロバーツがリチャード・ギアのエスコートでゆっくりと飛行機を降りてくる・・・アノ情景が頭に浮かんで・・・思わず口角が上がる。
店内の恋人たちも同様らしく、みんな一様に夢みるような・・満ち足りた表情をしている。
もっとも、それぞれの頭の中では、ジュリアとリチャードが、全くの別人に入れ替わっているのかも知れないが・・・それは各自の自由というものだ。
(年中コレでは胸焼けしそうですが、年に一回くらいなら、こんな日があってもイイですねぇ・・・・)
いつになく“LOVERS ONLY”な空気の満ちた店内を見回して、店を仕切る初老の男は、カウンターの内側で非常に満足を覚えた。
・・・のだが。
灯台もと暗し。
自らの目と鼻の先。
カウンターに一人残された若頭が、ピアノの前の従弟を眺めて・・・・
アインザッツというのだろう、演奏のタイミングを合わせるためか、女性のサックス奏者と目を見交わす・・・その仕種ひとつが非常に癇に障る・・・・などとドス暗いことを考えていようとは、全く感知していなかった・・・・・。
─── Lovers ... only ─── ?
Fin
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