+++ Indigo Waltz +++
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their daily life
an extra of "BODY&SOUL"



夜の帳も降りた19時過ぎ.
移動の車中.

滑らかに走行するベンツの後部座席で、若頭は車窓を流れる明かりを見るともなく眺めていた。

繁華街はまだこれからが賑やかな時間。
秩序のないざわめきに満ちているが
しかし車中は穏やかだ。
ごく小さな音で、ラジオはニュースを伝えている。
それを聞いているのかいないのか。
後部座席にゆったり沈んだ若頭の表情からは読み取れなかった。

ふと、静かな車中に電子音が響いた。
助手席の若頭補佐が携帯電話を取り出し、後部座席に気を遣いながら電話を受ける。
「はい。沢木です」
変わらず穏やかな空気の中で、若頭は相変わらず車窓を見つめたまま、ふと考える目をした。
自分の補佐役が「はい」と丁寧に応じる電話の相手に思いを巡らせる。
部下からでは有り得ない。
父か、祖父か、その周辺か‥‥。
そこまで考えて、はたと気づいた。
沢木の微妙な声色に。

電話の相手に思い当たったと同時に、征士は微かに眉間を寄せる。
本人、自覚はしていない。

「えぇ、一緒です」
丁寧な口調ではあるが、声色が柔らかいのだ。
「大丈夫ですよ。移動中ですから」
柔らかいというか、優しいというか。
「そうなんですか?お気になさらなくても良かったのに」
嬉しそう、ですらあるかも知れない。



さらに眉間の皺を深めながらしばらく黙ってその受け答えを聞いていた若頭は、だがふいに、何かが限界を迎えたらしい。
押し殺したような低い声で告げた。
「沢木。いい加減に代われ」
若頭の怒ったような声にも怯まないどころか、笑いを湛えた声で、沢木は電話口に言う。
「催促が入ってしまいました。若に、代わりますね」
頭を下げながら、しかし悪びれない表情の沢木が差し出す携帯電話を受け取る若頭の表情は、かなり苦りきっている。
ゆっくりと電話を耳に当てる間も、その表情は変わらず。
「私だ」
電話口への第一声も、不機嫌そうなそれであった。

『あ、俺オレ』
電波に乗って聞こえてきた唯一言に緩みそうになる眉間に、征士は意識して力を込める。
「どうした?なぜ直接掛けてこない?」
そう、コレこそが不機嫌の理由。
従弟が自分に連絡を寄越すのに、部下を経由した事が面白くなかったのであった。
あまりに素直な若頭の言葉に、助手席で補佐役の男は顔を伏せる。
腹筋をプルプルと震わせながら。

『うん。俺ももう少しでお前に掛けるトコだったんだけどさぁ』
とは、従兄の不機嫌どこ吹く風の当麻。
いや、その実分かって受け流しているのかも知れないが。
『掛けちゃう寸前で我に返ったさ。あまりに大人げねぇと思って』
危なかった危なかった、と一人で楽しげな従弟に、征士は訳を促す。
「ん?」
『や、今スッゲェチョコ食いたかったんだけど、見つかんなくて』
「‥‥‥」
『前に食った残りがあったと思ったんだけど‥‥お前知んない?』
一個づつ銀紙で包装されてる奴で〜、まだ10個くらい残してあった筈なんだよな〜‥‥。
ニコチン切れよろしくチョコレート切れらしい当麻の説明は、やけに熱が入っている。
見つからなさにだんだん泣き言のようになる従弟の声を聞きながら、征士は苦笑して額に手をやった。

「お前‥‥前にそれをベッドで食わなかったか?」
『‥‥そう‥‥かな?』
「ベッドの上に散らかしてあっただろう。チェストの引き出しに転がし入れたんだがな。私が。」
『ベッドの脇の?』
「ああ」
電話を持ったまま移動しているのだろう様子が伝わってくる。
『あ。あったぁ!ありました〜。サンキュー!!』
受話器に口付けたのか、唇だけで起用に音を立てたのか。
チュッと色っぽい音が派手にした。
「‥‥‥今日は早かったんだな」
『ん』
もごもごと、早速チョコレートを口に入れた当麻の短い返事。
医者であるばかりか、大学で学生を指導したりもしてしまう、若頭の従弟殿はこういうキャラクターだ。
『お前は?まだ帰れねぇの?』
「あぁ。残念ながら。‥‥もう一つ二つ、片付けねばならん用がある」
『あらら‥‥ご苦労さん』
ぽん、と寄越された当麻の同情的な言葉に、車窓に映った若頭の横顔がふっと緩んだ。
「日付が変わるまでには戻る」
『んー、分かった。気をつけてな。』
「あぁ」




「富士見町のルベラへ寄ってくれ」
助手席の持ち主へ携帯電話を返しながら厳かに告げられた若頭のお言葉に、車中の人間は一瞬固まった。
ルベラとは───ショーケースの中に小さな茶色い物体を整然と並べた、お嬢お気に入りのショップ(の一つ)である。
「今日、これから‥‥行かれますか?」
やめた方が‥‥とまでは言わないまでも、充分声に滲ませて沢木が確認する。
一言も発しはしないが、ハンドルを握る男も同じ思いであった。
が。
「何かまずいか?‥‥まだ開いているだろう?」
腕時計を確認してのたまう若頭。
「えぇ、あそこはかなり遅くまでやっていますから‥‥」
答えながらも、目当ての店の混雑予想を伝えるべきかどうか逡巡し‥‥。
結局諌めるのを諦めた。
言ったところで、若頭が考えを翻すとは思えなかったのだ。
誰のために若頭がそうしたいのか、そんなことは分かりきっている。
「分かりました。‥‥‥けやき通りの入口だったな‥‥店の前に着けてくれ」
後半は隣の運転手へ。
「了解です」
微妙な表情で、だが素直に頷いた男によって、ベンツは一先ず高級なチョコレート専門店へ向かうこととなった。




暦は旧暦の年越しも終えた、如月の頃。
西洋の聖人の名を冠した記念日まで、あと7日。


─── 彼らの日常 ───


Fin


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