+++ Indigo Waltz +++
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their daily life 2
an extra of "BODY&SOUL"
哲は、お嬢付きの舎弟である。
目覚まし時計の代わりもすれば、運転手・秘書・ボディーガードの役もこなす八面六臂。
お嬢の勤務時間中や勉強中などは別として、一日のほとんどを彼と一緒に・・・もしくは彼のために過ごしていると言っても過言ではない。
おはようからおやすみまで、(お嬢の)暮らしをみつめるライオンのようなモノだ。
ぷぷぷ。
だが、世話をするだけでなく、同じくらい世話を焼かれるのも事実。
当麻の手が空いた時間を使って、パソコンのあれこれから情報収集、株取引・不動産取引などなど、教わることは後を絶たない。
組の人間には羨ましがられる事も多いが、哲にとってはハードな勉強の日々なのである。
そして、これだけお嬢と過ごす時間が長ければ、自然、若頭と顔を合わせる機会も多い。
しかも、組事務所ではなく、プライベート空間で。
特異な役割ゆえ、誰の弟分という訳でもなく若頭の直属なので、常に直接指示を仰ぎはするが。
それでもやはり、何年経っても緊張は、する。相変わらず。
風呂入ってくる、と当麻が消えた離れのリビングで、株価の動きを映し出したパソコンのモニタに見入っていた哲は、帰宅された若頭に気づくのが遅れて慌てて立ち上がった。
「あっ若、ッお帰りなさいっ!」
駆け寄ってコートを受け取る。
「当麻は・・・風呂か?」
尋ねていながら語尾が1ヘルツも上がらない、若頭のいつもの口調。
機嫌が悪いわけでは、決して無い。
哲は「はい」と答えながらコートを吊るしに行き、チラッと時計を見やって経過時間を確認。「そろそろ上がられると思います」と付け加える。
「そうか」
静かに頷いて若頭はソファーへ深く沈み、煙草を一本抜き出した。
傍へ戻った哲が火を差し出す。
ゆっくりと吸いつけて深く吸い込み、若頭は目を細めてふうっと紫煙を上げた。
「どうだ?」
とは、テーブルの上に広げられた哲のノートパソコンや資料、書類の類を見ての質問。
「・・・勉強、させてもらってます。」
ラグに膝をついたまま、哲は少し畏まる。
「今日も午前中から・・・息抜きで出る以外はずっとついてて貰ったようなもんですから」
勿論、当麻は当麻で自分の事(学生のレポート採点)をしながらの片手間ではあったけれど。
ありがとうございます、と改めて頭を下げる舎弟に、若頭は珍しく口角を上げてみせた。
「そのぶん苦労も多いだろう」
労いながら、必ずお前のためになる、と励ます事も忘れない。
ちょっと涙ぐみそうになって、素直に頑張ろう!と決意を新たにした哲であった。
が、ゆっくり感動させて貰えはしなかった。
「哲ーっ、喉渇いた〜」
バスルームの方から響いてきたのは、言わずもがなのお嬢の声。
あまりにタイムリーに“哲の苦労”の一端が出現し、若頭はクツクツと笑い出す。
すみませんっ、と頭を下げて、哲は冷蔵庫経由でバスルームへ急行した。
以下は、その後バスルームの方から聞こえてきた会話。
「なんだよ・・・ビールじゃねぇの?」
「風呂の後は水が一番いいらしいッスよ?」
「・・・・なんだそのプチ健康ネタ・・・・ドコ情報よ?」
「テレビです。」
「またまたぁ〜。どーせガセじゃねぇのか?」
「いーえ。日本人のどっかの先生ェが日本語で言ってたんで、大丈夫です。」
「あ、っそ。」
征士はソファに沈んだまま一人静かに笑っていたのだが、ふと指の先で煙草の灰が長くなっているのに気づいて、少し慌てて背を浮かした。
「あ、おっかえり〜」
「・・・ただいま」
バスローブの裾を蹴立ててリビングへ入ってきた従弟のために、征士はソファーに座り直して場所を空ける。
ココへ座れ、との無言の要求でもあるが。
当麻はあっさりそこへ収まって、ミネラルウォーターをペットボトルからラッパ飲み。なかなか男前な飲みっぷりだ。
その仰のいて晒された細い──少し上気した喉がゴクゴクと、音と共に上下して水を嚥下する様に気をとられはしたものの、哲は視界の隅で捉えた光景に軽く引っ掛かりを覚えた。
若頭が煙草を灰皿に押し付けて消している。
その動作が。
いつもより微妙に性急な感じがしたのだ。
しかも、バカラの灰皿の上に残された煙草は、消しただけ、というよりは押さえつけられたように潰れている。
気になったので、次の若頭の唐突な行動も哲は一応目で追えたが、当麻はやはりさっぱりだったらしい。
「うわっ!なっ・・何だよっ!?」
いきなり足首を掴まれて掬い上げられた当麻は、ソファーの上に転がされ、肘掛に後頭部を打ちつけそうになって、辛うじて腹筋で持ちこたえている感じだ。
「・・・“何だ”はこっちのセリフだ」
そしてこちらは、怒っている、のとは違うだろうが、面白くなさそうな、征士の返事。
哲は当麻の右手の所在無げなペットボトルを受け取って避難させた。幸い中身は零れなかったようだ。
「何なんだ、この赤い斑模様は?」
「は?」
やはり疑問文とは思えない、抑揚の無い征士の疑問は問いただすような威圧感があるのだが・・・、それに慣れ親しんでいる当麻には何の効果もない。
それどころか、『もー・・・怒ってんの?可愛いなぁ・・・』などと言っては、唯一伊達組若頭の怒りを静めることのできる稀有な人物なので、この程度の不穏な空気にはケロリンタである。
「ここの、これだ。」
不機嫌そうな口調とは裏腹な遠慮がちな手つきで、無骨な手が乱れたバスローブの裾からほっそり伸びた脛を撫でる。
えっち・・・という当麻の呟きは、当然黙殺された。
「あー・・・だからぁ・・・んー・・・・、生活反応?」
早々に腹筋の酷使は諦めて、肘掛を枕に目を泳がせた当麻は、女子高生のような軽薄さで語尾を上げて従兄の眉を尚更顰めさせる。
「当たり前だ。死体じゃないんだから・・・・」
何なのか、と訊いている。と、眇めた目で更に問い質されて
「・・・低温火傷、です・・・」
当麻はめいっぱい時間をかけた末に渋々と白状した。
“生活反応”なる単語では何のことやらさっぱり話が見えていなかった哲にも、“火傷”の響きはすんなり脳まで届き、エエッと反応する。
少し遠巻きに、ではあるが、若頭の影から伸び上がるように、問題の当麻の足をうかがい見た。
「なんだと?」
従弟の白い皮膚にうっすら赤く浮かび上がった規則性のない模様の正体が判明したというのに、正体が正体だけに、征士は追及の手を緩めない。
「なぜ、低温で火傷をするハメになる?」
当麻の目をまっすぐ見つめて、また質問。
脹脛の丸みを手のひらで愉しむようにして持ち上げた足に、改めて注意を移し。
もう片方も持ち上げてしげしげと観察して、「両方か・・・」と呟いた声には少し驚いたような、呆れたような色が混ざっていた。
指の腹でそっと赤くなった部分を撫でる。
「・・・痛くないのか・・・?」
「ん。触ったらちょっとヒリヒリする・・・かどうかってゆーくらい」
一層顰められた従兄の顔に、当麻は追い立てられるように言葉を継いだ。
「・・・・1度の熱傷、というヤツか・・・・」
「凄ぉい!征士、医者みたいじゃんっ!!」
誤魔化そう、という意図なのか、必要以上にテンション高く褒めてみせる、こちらはどう見ても医者には見えない、正真正銘医者である。
「馬鹿者。・・・お前(ホンモノ)相手に誰がゴッコなどするか」
睨まれて目を泳がせる、しつこいようだが、この人は医者。
「え・・・とぉ・・・。足だけ、なんか寒くってさぁ、今日・・・」
鋭い視線にそれで?と促されて、当麻は両足とも従兄の大きな手に預けたまま、“低温で火傷をするハメになった経緯”を自白する。
「足元でヒーターつけてたから。」
開き直ったのか、ここに至って当麻の返事はイヤに簡潔だ。
「・・・この暖冬に、か・・・」
呆れたように力なく呟かれて、立場の無かった当麻も流石にムッとしたようだ。
「誰が言ってんだ、そんなこと」
「みんな言ってるだろう・・・」
「みんなって、誰」
「・・・・・・・」
みんな持ってるんだからぁ〜、と親に強請る子供の場合はどうか知らないが、コノ場合の“みんな”は本当にみんなだろう、と黙りこんだ若頭のかわりに哲は胸中で呟く。
それはそうと、・・・確かに、天気の良かった昼間からずっと、当麻はヒーターを使っていた。
今日はほとんど一緒にいたのだから、哲もそれは知っている。
知ってはいたが・・・それで火傷!?
ダルマストーブじゃないんだぞ?
色々な思いが胸の内を錯綜するが、医者であるお嬢本人の見立てなら、間違いはないのだろう。
火傷、なのである・・・。
「っ申し訳ありません!」
まさかカーボンヒーターで、しかもカバーの内側に指を突っ込んだ訳でもない通常使用で、火傷をするなどとは思わなかったが。
それにしても、お嬢の身の回りに気を配るのは自分の役目だと自覚している哲は、自らの失態だと焦って深々頭を下げた。
「・・・・・・・・・・」
沈黙が重い。
が、どうやら重いと感じていたのは哲のみであった。
ようやく従弟の足を解放した征士は責めるような流し目で従弟を眺め、無言で詰られた当麻はなんとも言えず曖昧な笑みを浮かべてこ首を傾げてみせる。
「・・・気にするな・・・・お前の所為ではない。」
「そうそう」
従兄が舎弟をフォローするのに調子よく相槌を打つ当麻は、張子のトラのようにコクコク頷く。
なぁにが『そうそう』だ!と、また軽く睨まれて、ごまかし笑いに顔を緩めたまま、当麻は哲の頭へ手を伸ばした。
わしゃわしゃ、と硬い黒髪を掻き回す。
「ホントホント。全然哲のせーじゃねぇの。」
やっと顔を上げた哲に、二人して頷いてみせる。
若頭は重々しく、お嬢は小刻みに。
まだ半信半疑、不安そうな舎弟を傍らに、征士はソファーに転がった従弟を見下ろした。
「当麻・・・・」
呼びかけは、ため息混じり。
説教の前の息継ぎのようだ。
「子供じゃないんだ。・・・・自分で気をつけてくれ」
「は〜〜い」
小さく手を上げての良い子のお返事が、征士の訓辞を挫く。
「・・・・・・・・頼むぞ、おぃ・・・・」
がっくり疲れたように、若頭はふかふかのバスローブの胸元へ倒れ伏した。
「・・・・・風呂へ入ってくる・・・・」
「ん・・・」
自分の胸の上で呟く従兄に返事をして、当麻はしかし、その髪を梳くように撫でる手を止めない。
ソファーに収まりきらなかった片足が膝上から剥き出しで絨毯へ投げ出されていたが、見咎める者は誰もいなかった。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・明日の話?」
「・・馬鹿・・・。今、これからだ・・・・」
「・・・うん・・・」
やっと手を止めて、だが従兄の頭を胸に抱いたまま、当麻はほんの少しだけ口角を上げた。
その微妙な動きが、童顔、と(陰で)言われる顔に悪戯っぽい表情をのせる。
「・・・・って言いながら、全然動かないからさ・・・・・」
痛い突っ込みである。
心地よさになかなか動き出せなかった征士も、流石に顔を顰めて起き上がった。
「・・・行って来る。・・・寝るなよ。」
「えェっ」
何でぇ?と非難がましい従弟を振り返って、「すぐ出てくる」と宥める。
「いーよ。ゆっくり入って来いよ」
全然良くない。ゆっくりしていたら、お前絶対寝るだろう。と、無言で語る従兄の雄弁な眼に笑ってしまいながら
「分かったって。起きてるよ。」
当麻は寝そべったまま手を振って従兄をバスルームへ追い立てた。
さてその頃。
宛がわれた自室へ戻った哲は、ふと思いついて“低温火傷”なる単語をググッてみた。
このググる、という行為も、実はお嬢に教えられたものである。
『疑問に思ったら、まず自分で調べてみろ。ネットは繋がってんだから、調べようと思ったら誰にでも調べられんのよ。求めよ、さらば与えられん、ってな?ま、ネット上、全てが有用な情報って訳じゃねぇけど、有用かどうかは、集めてから自分で判断しろ。』
という具合で、パソコンから情報を得るのはもうほとんど習慣になってしまった。
と、ほどなく参考になりそうなページを発見する。
それによると・・・・。
低温火傷 ---- 比較的低い温度に長時間さらされていることでおきる“やけど”。44℃以下の熱でも6時間以上同じ場所に触れ続けていると低温火傷になってしまいます。低温火傷はジワジワと“やけど”してしまうので、深い“やけど”になることが多く、注意が必要です。小さな子供や寝たきりの老人には、周囲が注意してあげる必要アリ。1 度の熱傷・・・ひりひりして赤くなり一時的に色素沈着はあるが、しばらくすると快癒する。2度の熱傷・・・痛みが強く赤くなり、24時間以内に水泡が形成され〜云々。
・・・・・これは有用な情報だろう、と哲は無条件に判じた。
それにしても、気になったのは“小さな子供〜”のクダリ。
・・・子供じゃないんだから、と言っていた、若頭の嘆きが思い出される。
そして・・・・・・極め付けが、“寝たきりの老人”。
・・・・・・お嬢・・・・っ!!
がっくり項垂れていた若頭の気持ちがやっと理解できたような気がして、哲は頭を抱え・・・
暫く後にククク・・・と一人で笑い出した。
・・・お嬢には内緒である。
昼間には、まだヘタクソながら鶯も啼き始めた、初春の候。
─── 彼らの日常 ───
Fin
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