+++ Indigo Waltz +++
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Tranquilizer
トランキライザー an extra of "BODY&SOUL"



羽柴当麻は、気分屋である。

彼個人としての気質なのか、血液型のせいなのか。
一応立場ある社会人として、(かなり大きく見積もった)大枠を外すことは…辛うじて無いが、しかし。
物事の判断基準(スタンダード)は、常に彼自身の中に確固として在るらしく、時にそれは世の中の基準とズレもするが、しかし。
そんな瑣末な事を、彼は気にしない。
気にしないどころか、お得意の薀蓄だか屁理屈だかで、そのズレをドロンっと消してしまうという…摩訶不思議なイリュージョンを使いもする。
とにかく、自由なヒト、なのである。
その自由な気分屋さん、普段はある程度躁状態の中で安定しているから、そうそう周りに甚大な被害を及ぼすことは…(少)ないの…だが。
ひとたび深刻な鬱状態に陥ったが最後、許される状況(彼基準)ならどこまでも自由にどっぷり鬱々と浸られるので、かなり厄介なのだ。
勝手に浸らせておく…という手も有るには有れど、“許される状況”と“許されない状況”との折衝役を担う…気分屋さんの身近な人間達には刻々と迫る期限もあって、そんな悠長な手は選べない。
なにより、“気分屋さんの身近な人間達”とは、取りも直さず往々にして“気分屋さんシンパ”だったりするので、誰に何を言われずとも、なんとか彼の気分を引き揚げようとアクセクすることになる。
それでもやっぱり、彼は気高くも自由の国の…押しも押されぬワガママ王子なので。
どこまでもどこまでも、マイペースにぶんムクレるのであった。
ちなみにこの王子、医者にして国立大准教授。
彼の講義を受ける学生達は、朧げに彼の住まう国の空気には感づいているようだが、その本性(の酷さ)までは…いまだ見破れていない模様。
そういう意味では、彼の中でも一応、職場は“取り繕うべき状況”に分類されているのかも知れなかった。



バックミラーの中に見慣れた人影を見つけた瞬間、哲は思わず「げッ…」と声に出していた。
基礎研究棟と呼ばれる建物から現れたその人影が原因では決してなく、醸し出す空気が原因なのだ。
とっぷりと日も落ちた19時近くとはいえ、お嬢付きの舎弟として、四六時中彼の事を気にしているといっても過言ではない哲に、この不穏な空気が感じ取れないわけはない。
迎えるために運転席のガルウィングを出ながら、(どうか俺の勘違いでありますように…!)と願ったのだが、交換取引を信条とする神サマが、一方的に散発する願いを聞き届けてくれるハズもなし。
しかも、車へ歩み寄るお嬢は、一歩ごとにその表情を険しくしているようにさえ見える。
「お疲れさまでしたっ」
「…マジ、疲れた………」
力なく呟いて、ディアブロの助手席にボスッと納まったその姿に、決定的となる。
マジ、不機嫌。
というか、超絶、ローテンション。
…暗っ……。
しばし呆けてしまった哲は少し垂れぎみの蒼い目にチラリと睨まれ。
睨まれたはずなのに、その目が今にも泣きそうに見えてしまい。
慌てて車を出した。

自由の国のワガママ王子は、平日は毎日、(一応、一見)人畜無害な准教授の皮を被って大学へご出勤あそばす。
学生の子守と平行して、死因不明な遺体の検屍や解剖を行う医師、監察医の職もこなす彼は、勿論毎日お疲れなのだが…。
ため息混じりに「疲れた…」と零したきりムッツリ黙りこむような事は、滅多にない。
「チョー疲れた!肉食いに行くゾ!!」とか、「ビールっ!!!」とか騒ぐ事はあっても。
そう。
彼の「チョー疲れた!」と「マジ、疲れた…」の間には、天と地ほどの差があるのだ。
(今朝は、普通だったしなぁ……)
当麻の、この鬱々とした状態の原因を探るべく、哲は記憶を朝まで巻き戻すが・・何も思い当たることはない。
今朝は当麻を大学まで送ったその足で、彼の代理のような仕事で組の関連企業を3つほど回って今に至るので…自分が原因、という事は無いはずだ。
…とすれば。
お嬢の気鬱の原因は、学内での事なのだろう。
自分に非は無い、と安堵すると共に、哲には手も足も出しようが無いという…堅固な壁にブチ当たる。
当麻はその特異な職の守秘義務もあって、ダークな冗談は連発しても仕事に関しては口が堅い。
加えて、非常に出来の良いオツムと超合理主義の持ち合わせにより、なんとか成る事は自力(あ〜んど、巻き込まれ・操られた周囲の他力)でどうにでもしてしまうのである。
…と、いうことは。
この鬱々とした状況の原因は、真実“どうにも出来ない事”である ────── という結論に辿り着くワケで。
本当にもう、哲には手の打ちようが無く、見守るしかないのであった。
気の赴くままに精神的浴室に閉じ篭もる、超絶ワガママ王子を。

いつもならもうとっくに、この車中で日中の企業回りの報告を始めているところなのだけれど。
「「………………」」
湿度の高い沈黙が満ちるのみ。
ちらちらと横目で窺う哲の横、助手席では全開にした窓からぶらりと華奢な片腕をたらした当麻が果てしなくぼんやりと、街路灯に浮かぶ細切れの景色の流れに無表情な白い顔を向けている。
車は粛々と、(エンジン音と排気音だけは賑やかに、)一路 伊達組本家屋敷へ向かって進んでいた。

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