+++ Indigo Waltz +++
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Colorful Time 6
深夜の住宅街は、凍りついたような静寂のうちに沈んでいる。
そして、凍てついてはいないが、暖かいリビングもまた穏やかな静けさに満ちていた。
テレビはニュースを流しているが、最小限に音量を絞ってある。
当麻は相変わらずの機嫌の良さで、しかし静かに笑んだまま目を伏せて酔いを味わっているようだ。
ようだったのだが‥‥。
外から聞こえてきた奇妙な音に、ふいにクスクスと笑い出した。
「‥‥なんだ?あれは‥‥‥」
一応都下の住宅街で、狼の遠吠えでもあるまいに。
高く低く、音程のバリエーションも豊富なその音は、ひどく哀愁を帯びて寂しげに尾を引いて響いてくるのだ。
「佐川さんチのゴン太くんだよ、あの声」
向かいの家で飼われている外犬の声の、あまりの哀れっぽさが笑いを誘う。
「あれはね〜、ママさんが出掛けちゃって置いてかれたんだねー」
流石に長年住んでいるだけのことはある。ご近所情報は私などより余程詳しい。
「番犬の役を果たせんのではないか?家人が出かけるとアレでは‥‥」
“ゴン太”などという厳つい名前のわりに、なかなか可愛らしい顔つきをした茶色いボーダーコリーを思い返す。
「ん、まぁね。でもママさん以外はご在宅かもよ?ゴン太くんはママさん“が”好き♥だから」
「なるほど‥‥」
クゥ〜〜〜ーーーーン。キュゥ〜〜ーーーーーン。アォーーーーーーン。
本人‥‥いや、本犬にとっては笑い事ではないのだろう。切実な声は尚も続いている。
「?? どしたの?征士」
「や‥‥、いやに親近感を覚えると思ってな‥‥」
「んぁ?」
全くピンときていない当麻。
「私も犬だったら、まさにあぁ鳴き(泣き)たかったところだ」
「あー‥‥‥」
やっと私の言わんとするところを解した恋人は、苦笑してキレイな眉尻を下げる。
「だからぁ‥‥、悪かったってぇ」
相手を独りにしたのはお互い様なので当麻にだけ謝らせる事ではないが、殊勝に謝ってくれる恋人に便乗して、今日は甘えてしまうことにする。
おもむろにローテーブルを脇へ除けて。
「当麻」
膝に呼ぶ。
恋人は笑みを深めると、自分の膝の猫をソファーに託して僅かな距離を立って来た。
ラッコが子供を腹に抱くようにすっぽりと抱き込んで、逆に幸せに抱えられながら、ふと昼間感じた違和感がオーバーラップして言葉になる。
「‥‥痩せたか?」
「そ‥‥かな‥‥?」
小首を傾げてみせる当麻に自覚はないらしい。
「あ、なに?骨刺さって痛い、とか?」
「いや、そういう訳ではないが‥‥」
確かに当たり方によっては痛いこともあるが、そうではなくて。抱いた感じの違和感が‥‥などと考えていると、何か心当たりがあったのか、当麻が「そーいえば‥‥」と声をあげた。
「関係ないかもだけど、下向いて寝られなくなった」
彼の言う“下を向いて寝る”とはうつ伏せで寝ることだと思われる。
顔を覗き込むようにして話を促す。
「腰骨‥‥ってゆーのかな。ココの骨が痛くって。下向いて寝ると体重かかるじゃん?‥‥太ったのかもしんないと思ってたんだけど」
バスローブの上から、腰骨の位置を示して言う。
「床で寝たワケじゃないんだろう?」
「モチロン。ベッドで、だよ」
当麻クラスのモデルが安ホテルは使わない。ベッドマットの厚さも心配は無いはずだ。
膝の上に収まっている、バスローブに包まれた腰の感触を改めて確かめながら、空港から帰る車での事を思い出した。
シートベルトを掛けようとして「あ‥‥」と呟いた当麻に、伸は「あぁ‥‥」と
すぐ何かに思い当たったらしく、後部座席からあまり間を置かずにマフラーを手渡していた。どうやらシートベルトが鎖骨に当たって痛かったらしい。そのマフラーは当麻の首元に当てられて、緩衝材の役目を果たしたのだった。
伸と違って気づいてやれなかった自分に多少落ち込みもしたが。
それにしても。
好きな仕事とはいえ、もともとガリなのが尚更に痩せて帰って来るとは。
胸が塞がるような思いがして、無理に声を押し出した。
「‥‥まぁいい。せっせと食わせて、すぐに肉を付けてやる」
当麻は私の顔を振り仰いで、声を上げて笑った。
「この骨か?」
「う‥‥ん、そう‥‥‥」
バスローブの下で直接確認すると、ぴく、と小さく肩が跳ねた。
「せ‥‥じ?」
調子に乗って彷徨いだした私の手に、戸惑ったように振り返った当麻の顔は、『さっきの話と違うんですけど‥‥』と言っている。
確かに言った。一緒に居られるだけで充分だと、この口で言った。だが。
「すまん。さっきのは気の迷いだった」
潔く謝ると、案の定、恋人は笑って許してくれるのだ。
「‥‥いいよ。俺もそーゆー気分だから‥‥‥」
今日は、私が甘やかしてもらう日らしい。
この時間は、特別に優しい色をしている。
Fin
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