+++ Indigo Waltz +++
mobile style >>novel>>


Longer than forever 2


 シャワーの水音に混じって、なんとも上機嫌な調子外れの鼻歌が聞こえてくる。
かなり押したスチール撮影がやっと終わって帰り着いた事務所ビル最上階の我が家で、何が彼をそう機嫌よくさせるのかと、伸は首を傾げた。
いつもならヤレ疲れたの足がだるいの、季節柄蒸し暑いのと、不機嫌のオーラを漂わせているところだ。
全く理由に思い当たらず、ここ二日ほどの機嫌の良さに訝りつつも、まぁ世話が無くて良いかと悩むのをやめる。
と、その前向きさを後押すように、能天気な足音と共に件の彼が現れた。
偶にしか実を結ばない伸の教育の賜物か、一応頭はドライヤーが掛けられたようではある。
勝手知ったる他人の家と口笛まで披露しながら冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出す姿に、どうしても生来のサドっ気が疼いてしまって低く声をかけた。
「お化けが来るよ」
びくっと竦むバスローブの肩に満足して、伸は一握り以外の万人が騙される優しい笑みを浮かべる。
「・・・・・ヤなこと言うなよ・・・」
「夜の口笛はお化けを呼ぶって謂うんだよ、日本ではね」
情けない顔で夜って何時から?と問う当麻を、日が暮れたらじゃない?などと適当にいなしながら青い瞳のビビリ具合を堪能した。
すっかり眉尻を下げた当麻に満足したのかくすっと笑って、次の手として飴を差し出す。
「マッサージしようか?撮り長かったからね、今日は特に」
ペットボトルから直飲みして青白い喉を晒していた当麻は、普段人々を魅了する笑顔よりも幾分幼い笑顔を見せた。
「伸、だーい好き」
伸でなくとも語尾のハートマークは見えただろう。

 ソファの上でうつ伏せに寝そべったまま、くすぐったかったとも思えないタイミングでふふっと笑った当麻に、ん?と伸が訊いてやる。
「この前さ、すっげぇキレーな男に会っちゃった、俺」
どうやら思い出し笑いだったらしい。
思わずといった感じでこのところの上機嫌の訳をあっさりと暴露する。
「同業者?」
「うぅん。違うと思う。どっかで会ってないかって訊かれたけど、あんなイイ男に会ってたら忘れる訳ないよ。顔もガタイも俺よりよっぽど“メンズモデル”っぽかったけど、あのカッコは堅い仕事だな」
結構毒舌な筈の当麻の大絶賛に驚きながら別の事にも引っかかりを覚えて、思わず伸は眉間を寄せた。
「ちょっと待った。『どっかで会ってないか』だって?」
「うん。って、声かけられたんだ。その超イイ男に」
能天気に嬉しそうな声に、伸は気のせいではなく頭痛を覚えた。
「・・・・ナンパじゃないか・・・どう聞いたって・・・」
あまりに古典的な・・・しかも成功している様子にマッサージの手も止まりそうになる。
「え?違うよ。そんな感じじゃなかったもん」
「もんってねぇ・・・・」
いったい何処から来る自信かと、伸の言葉もため息に変わった。
「大丈夫だって。俺だって伊達に誘われ慣れてないんだから、危ないか危なくないかくらい分かるよ」
みんな心配しすぎなんだよなとぼやく当麻に、自分以外にもいたらしい多数の心配者の存在を知らされて、とうとう伸の手も止まりかける。
「んー・・・気持ちいーけど。伸、もっと強くしていーよ」
「良くないよ」
マッサージへの注文に素気無く応えながら、伸はまだ記憶に新しい出来事を思い出した。
「忘れたの?また朝からバスルームで絶叫したいのかい?」
「・・・・・・・・」
途端に蘇えった恐怖の回想に、ご機嫌お気楽男も眉間に皺を寄せる。
明るい朝のバスルームで、シャワーの湯が散った自分の腿の内側に浮き出す青黒い数々の手形を目にした時のぞっと背中の産毛も立つ感触までリアルに思い出して、当麻は鳥肌を立てた。
「だって・・・起きぬけで頭ボケてたし・・・ゴーストの手形だ!って思ったんだ・・・」
前日自分が施したマッサージの痕が痣になったのに悲鳴を上げた恥ずかしさに勢いをなくし途切れる言葉が、伸の笑みを誘った。オツムの出来も良く、見目の良さをも仕事にし、怖い物など何も無さそうな当麻の唯一の弱点、それが“お化け”の類だという事はあまり知られていない。
「はい、お仕舞い」
歌うように節付きで言われ、もうからかわれるのに飽きたのか、当麻は素直に起き上がった。
「ちゃんとパジャマ着て寝るんだよ」
どうしても子供に言ってきかせるような言葉が伸の口をつく。
「伸は?まだ寝ないのか?」
子供じゃないと臍を曲げるかと思いきや、尚更幼げに首を傾げられて、流石の伸も素直な笑みを浮かべた。
「僕も寝たいんだけどねぇ、仕事あるんだよ・・・」
仕方なさそうに苦笑する伸を上目使いに見上げ、当麻はソファの上、大胆にも行儀悪くローブの裾を乱して組んだ足を覗かせた。
「大変だな、社長さんは」
ふーん・・・仕方ないな、と特に残念そうでもなく、かといって揶揄するようでもない気の抜けた返事に、伸はマッサージの当て布に使ったタオルで蒼い髪を乱した。
「社長業だけなら楽なんだけどねぇ・・・」
人の悪い笑みを浮かべて当てこする言葉が、どこにあるのか当麻のスイッチを入れる。
青い目に強い光が篭り、心持ち顎を引いて真直ぐに伸を見詰める顔が、凶悪なほど嫣然と笑みを象った。
カメラマンが挙って撮りたがるその数瞬間、何度経験しても慣れない、表現しがたい感覚が背筋を走って伸を満足させる。 ゾクゾクと、寒さにも似た感覚。
「でも、伸、俺の面倒みるの、好きだろ?」
ゆっくりと、言葉を切って紡がれる。
疑問の形はとっているものの、二人とも問答の行方は分かり切っていた。
「そうなんだよねぇ、困ったことに」
全然困っているようには見えない嬉しそうな顔で、伸は自分が育ててきたモデルから目を逸らさぬままその頬に触れた。
「全く手が掛かるったら・・・」
愚痴というには弱々しく、やはりどこか満足そうに伸が呟いた。
そっと撫でられる優しい感触に猫のように目を細めて、当麻の妖艶さも少し丸くなる。
「俺も好き。伸に面倒みてもらうの」
親のような、兄のような、マネージャーの一言では表せない面倒見に躊躇い無く感謝を示して、当麻の手が伸の頭を引き寄せる。
「愛してるよんv」
言葉尻ほどふざけてはいない顔を寄せて頬を合わせた。
当麻の好きにさせながら、伸は心配せずにはいられない。事情により英語の国で育った当麻の このアメリカンな愛情表現が、いつかどこかで誤解を招いて痛い目をみなきゃいいけどと。
現に『あの二人、やっぱり怪しいんじゃ・・・?』(なぜ“やっぱり”?)などと業界で噂されていて、それを二人とも知っていた。
知っていて、当麻は面白がっている節がある。
まぁ、当麻の“そういう”スキャンダルは虚実入り混じって沢山存在するので、伸も放ってはあるのだが。
しかし、当麻の開けっ広げな好意を誤解する男がいないとも限らない。
女性はまぁ置いておくとしても、そういう男にコレは随分魅力的だろうなぁと思いながら、しかし当麻が真に心を許すのは少数で、しかも人を見る目は持っているとも信頼していて、今日も伸は咎めずにおく。
「はいはい、分かってますよ」
感化されたか、ソファから伸び上がっている額にキスをする。
「おやすみ」

ベットでちょっとパソコン弄ってていい?との問いに、伸はため息を漏らす。
単純にパソコンを弄るだけなら止めはしないのだが、当麻の場合そうではないことを伸は知っている。
朝起きられないんだから自分が寝に行くまでには寝ているように言って、当麻をベッドに追い立てる。
自信がないのか笑うだけで返事をせずに部屋を出て行く後姿を、伸は仕方ないなぁと保護者の笑みで見送った。


To be continued.


next novel list Topへ


↓公告表示エリア