+++ Indigo Waltz +++
mobile style >>novel>>


Longer than forever 3


バーで待ち合わせて、時間が早ければ、映画を観た後に食事をしながらあれこれ話し合う。
仕事が長引いた後なら、先に食事をしてレイトショーを観たり、酔い覚ましにビリヤードをしたり。(ただし、酔いを覚ますのは征士だけ。『俺の指定席は助手席だもん』と、当麻はキューを操る合間にやっぱり甘めのカクテルを飲んでいた。)
連日という程ではないが、平日にもかかわらずかなり頻繁に、二人は今時雑誌でもあまり取り上げないようなイカニモなコースを辿ってはしゃいでいるのだった。
そう、傍から見るとすましてスノッブに構えているようで、征士はその実、正真正銘はしゃいでいた。
待ち合わせたバーのカウンターに、入り口を背にして座る。
待ち合わせには、だいたい征士の方が先に来ている。
相手を待たせるのは主義に反すると考える彼だったが、深く考えるまでもなく、わくわくする気持ちのまま約束の時間よりも早く来てしまうのだ。
やがて、征士の背後でドアベルが慎ましく鳴って、新たな来客を告げる。
すると一瞬にして店の中の空気が緊迫したような静寂に包まれるのも常のこと。
その合図の意味するところは───待ち人来たる。
征士は柄にも無く浮き立つ自分を自覚する。
普段は煩わしいと感じる自分の背に向けられていた視線までが、ふいに離れて入り口へ向けられるのに、征士は何故か焦燥に駆られるのだ。
隠していた大切なものを衆目に晒してしまったような、なんとも言えない気持ち。
その衆目を引き連れて、当麻がカウンターまでやって来る。
すると、あぁ、そうなのねとでも言うように、羨望と諦めの混じった溜息があちこちから漏れるのも、またいつものこと。
それは当麻を、そしてその隣を有する征士をも賞賛するものだった。
「悪い、待った?」
たいして悪いとも思っていない軽い口調で言う当麻に、征士は全然?と片眉を上げて肩をそびやかす。
「良かった」
征士に引いてもらったスツールに細い腰を乗せて、惜しげなく披露される当麻の楽しそうな笑み。
これがイカニモな、二人の夜遊びの始め方。


その日、いつもとは少し様子が違うことに征士が気づいたのは、一緒に映画を観始めてしばらく経った頃だった。
機嫌よく隣でスクリーンを眺めていた筈の当麻が、いつのまにかポップコーンを食べる手を不自然に止めていた。
もちろん、ポップコーンを食べ終えたわけではなく。
さりげなく更に様子を窺うと、口元に力を込めて、どこか痛いような表情で上目遣いにスクリーンを凝視している。

大きなクエスチョンマークが一つ、ぷかりと征士の脳裏に浮かんだ。
映画のストーリーは、まだ全く緊迫していない。もちろん、人が死ぬような場面でもない。
では、何が当麻をそうさせるのか?
「・・・どうした?」
理由に思い当たらず、顰めた声で手っ取り早く尋ねた征士へ、当麻は微妙に引き攣った笑顔で首を振ってみせる。
いくら上映中で暗い映画館の中とはいえ、そんな出来の悪い笑顔に誤魔化される筈も無い。未だ心配そうな征士の気をそらそうと、当麻は重ねて足掻いてみるのだった。
「征士も食べれば?」
手にあったポップコーンのカップを、何の脈絡も無く差し出す。
「もう、いらないのか?」
成り行きで受け取りながら、どう聞いても有り難がっていない征士の耳元へ顔を寄せて、当麻はやっといつもの調子で笑って囁いた。
「違ーう。分けてやってんの!」
5つ年下ということを考えてもやはり子供っぽい言葉にひっそりと笑って、征士は一緒に食べられるよう当麻の方へ左手のカップを差し向けながら、有り難くそのポップコーンを摘んだ。

そして、何が当麻を強張らせていたのか。
しばらくすると、大して待つほども無く征士には分かってしまった。強張っていたのは怖がっていたのだということも。
スクリーンで展開するストーリーの端々に、意味ありげに差し挟まれる、あるシーン。
その度に、当麻の右手がポップコーンではなく征士の左腕をぎゅっと掴むのだ。
そのシーンとは・・・人ならざる者の登場シーン。いわゆる、幽霊の類だ。
だが、それらのシーンは観客を怖がらせる為のものでは決してない(と征士は思う)。
ストーリー上のキーポイントとして、明らかに何かを示唆する目的で挿入されているのだ。
確かに、少々派手な効果音も使われているが、それに一々反応している当麻に驚き呆れながら微笑ましく思ってしまう征士であった。
と同時に、この映画を観ると決めた時の会話が蘇える。
「これって、日本語だと何てゆーの?」
「第六感・・・かな」
タイトルを単純に訳して答えた征士に、当麻は暫し考え込んでいたようだった。
今考えると。
「・・・ホラーじゃ、ないよな?」
という当麻の言葉は、念を押して確認するようだった。
これも、今考えると。
「違うだろう」
こともなげに、あっさりと征士は言ったのだった。
・・・ホラーでは・・・ない、よな・・・?
征士は胸の中で言い訳するように呟く。
だが・・・スリラーではあるかも知れない。
もっと言えば、大まかに分類すると、もしかしたらホラーに分類されるのかも・・・。
まずい・・・。
知らなかったのだ。
そんなに苦手だなんて。

どうやら、当麻は自分が怖がっていることを隠したがっているらしい。
全く成功してはいないが。
さて、どうしたものか。
大丈夫だと宥めてやるのも躊躇われる。
などと当麻の自尊心を気にしつつ、現に怖がっている当麻を見過ごす事もできず。
征士は、自分の左腕に取り縋った当麻の手を、そっと右手で包んだ。


「嘘つきぃ・・・・・」
もう既に怖がりを隠すことは諦めたのか、当麻は堂々と目に涙さえ溜めて征士をジトッと見上げた。
「すまん・・・。泣くほど怖かったか・・・・」
「そーじゃないけど・・・・」
八割方はストーリーに泣かされたのだが、ぽろっと落としてしまった涙が照れくさく、怖さが尾を引くのも手伝って、当麻は館内が明るくなるとその分も征士に背負わせた。

「本当に悪かった・・・」
深夜まで営業していたカフェで、キャラメル入りのホットカフェラテを飲んで少し落ち着いたらしい当麻に向かって、征士は改めて謝っていた。
大きな蒼い目が潤んでいるのを見てしまっては、誰でも殊勝に謝りたくなるというものだ。
カップを両手で包んだ当麻は、そんな征士をちらっと流し見て、へなっと表情を崩す。
やっと笑ってくれたのに安心して、自分の肩からも力が抜けるのを征士は感じた。
「でも、いい映画だったな」
怖かったけど。うん、良かったよ。
フォローするようでもなく、噛み締めるように言う当麻に、征士はやっと心からほっとして同意した。


時間を忘れる程楽しい、とは、この歳になってあまり記憶にない筈だと、征士はこのところ度々我に返ったように思う。
「明日の予定は?」
そう、相手のスケジュールにも配慮できる年頃には、時間を忘れる程楽しい記憶は無かった。
「午後から仕事・・・。あ、もうそんな時間なのか?」
言われてやっと気づいた帰宅するべき時間帯に、当麻は携帯電話を取り出すと、ホントだ・・・と呟いた。
「お詫びに、ちゃんと家まで送るさ」
「いつもしてもらってるじゃん、それ。でも、ありがと」
苦笑を浮かべる征士へ笑って、ちょっと電話してもいい?と携帯電話を示した。
どうぞ、と促されて慣れた番号を呼び出す。
「事務所の方へ送ってもらおうかな・・・。上が社長んチなんだ。家に帰っても独りだしさぁ。廊下で振り返ったら、ッバーンとかいって何かが横切ったら・・・ヤじゃない?」
電話の相手がなかなか出ないのか、征士に訳を解説してくれる。やっぱり怖いらしい。
それならそれで、言ってくれれば自分の部屋に泊まらないかと誘えたのにと、微笑ましい反面、征士は少しだけ悔しいような引っかかりを覚えた。
「あ、俺。当麻。・・・・・あれ?伸、いないのか?」
どうやら、目当ての人物はいなかったらしい。
「あぁ・・・聞いてたかも・・・・」
当麻の声がトーンを下げる。不在の理由も聞かされていたようだ。
「・・・うぅん、平気。宮さん、まだ仕事すんの?・・・・うん、家忘れないうちに帰った方がいいよ」
電話口の相手に心配されているのだろう。平気と答えて、逆にからかう口調で残業を心配している当麻のころころ変わる表情を、征士はあまり露骨にならないように、だが興味深く見ていた。
全然、平気じゃないくせに・・・と。
じゃ、またねー、と機嫌よく電話を終えた当麻が、一変深刻そうに征士を見つめる。
何が出てくるのか。その形の良い唇から。
こんな瞬間も、愉しんでいる自分を征士は自覚する。
うちに来れば良いと言いたいのは山々だったが、征士は敢えて口にせずに待った。
相手に選択をさせる。
ちょっと卑怯な方法かもしれないが、当麻の口から聞きたかったのだ。どうしても。
「征士、明日は?」
「フリーだ。土曜だからな」
そう聞いて、当麻の表情はやっと深刻さを消して安堵が浮かぶ。
「いーのか?シャチョーサン、仕事しなくて・・・」
悪戯をするように楽しそうな顔で、歓楽街の呼び込みの口調を真似る。
「なんだ。休ませてもらえないのか?」
引いて待っても勝てないのかと、征士は苦笑した。
「いいよ、休んで。休みなんだったら、俺んチ泊まってけばいーだろ?」
そうしろ。な。
有無を言わさない強引さでそう言われても、全く嫌ではない。
「そうだな、泊めてもらおう」
楽しげに言って、征士は伝票を手に立ち上がった。


新幹線の車内放送にも似た電子音声を受けて、当麻はぺたぺたと廊下を進む。
「征士ー。風呂入れ・・・・・」
るよ、と続けるつもりだった言葉を、覗いたリビングで慌てて飲み込んだ。
征士は、難しそうな顔で携帯電話を手に何か話している。
仕事の電話らしい。
ふーん、そんな顔するんだ・・・と、自分には見せない厳しい横顔に当麻が見惚れていると、すぐに気づいて微妙に表情を和らげた面が向けられた。
「すまん、ちょっと待ってくれ」
電話口に断わりを入れて、向き直る。
「風呂か?」
「うん」
いいのに、電話中断しないで。
苦笑しながら、自分を優先した征士が嬉しかったりもしてしまう当麻だった。
どこか、くすぐったい。
「もう入れるけど・・・後の方がいいな。俺、先入る?」
「あぁ、すまん。そうしてもらえるか?もう少しかかりそうなんだ」
これ、とすまなそうに電話を示す征士に、気にするなと笑って廊下へ踵を返す。
ごゆっくりーと背中越しに手まで振ってみせる当麻だった。

勢いよく降るシャワーの湯が自身の蒼い髪を伝って滝のようにタイルの床へ落ちていく。
その滝に遮られた狭い視界が、更に当麻には不気味に感じられるのだった。
バスルームの四隅には霊が立つ・・・とは誰に聞いたのだったか・・・。
普段は思い出しもしない事なのに、明るい照明にもかかわらず、視界が限定されたとたんに思い出してしまった。
ばかぁー。なんで思い出すんだよー。
自分を罵倒しながら急いでシャンプーの泡を洗い流し、シャワーを止めてちょっと躊躇った後、思い切って顔を上げる。
ふぅ・・・。
煌々と明るいバスルームは、当然ながら何事もなく、ただ情けない自分がいるだけだ。
大丈夫、大丈夫。
多少いつもより余計に運動している胸に言い聞かせて、湯船につかる。
ちゃぷん・・・と、水音。
しん、とした中にきょときょとと視線を漂わせていると、バスルームの扉に人影が差した。
コン、コン。
ゆっくりと二度、すりガラスが硬い指の節でノックされた瞬間、当麻はやっと本当に力を抜いて、ふにゃっと笑った。
「なぁに?」
応えを聞いて、ガラス戸から征士が顔を出す。
「風呂は、一人で平気なのか?」
殊更ゆっくりと、口元に意味ありげな笑みをうっすらと浮かべて、征士が言う。
当麻は暫し目が離せなくなった。
すみれ色の澄んだ瞳が、優しげに柔らかく、だが頑なにじっと当麻にあてられている。
温かい。
熱い、のかも知れない。
くすぐったいようで、当麻はくすっと笑ってしまった。
「・・・・・一緒に入って・・・」
呟くように、吐息と共に押し出されてきた言葉に、征士は満足そうに頷いた。
「もちろん。喜んで」


To be continued.


next novel list Topへ


↓公告表示エリア