+++ Indigo Waltz +++
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Longer than forever 4


「ッバカ!」
ハラハラしたりイライラしたり胸中忙しいながら、そこまで黙って当麻の話を聞いていた伸は、ステアリングを握ったまま半ば本気で叫んでいた。
撮影の帰り。首都高に乗れるのは20時を過ぎるだろう。
細い雨が音もなく降り、テールランプの列が路面に反射している。
「まんま、送り狼じゃないか!?」
果たして怒りの矛先は件の狼オトコなのか、まんまと喰われてのほほんと嬉しそうにさえ見える助手席のバカなのか、伸自身にも分からない。
締め切られた車内に響く声が、車窓をびりびりと震わせるようだ。
にもかかわらず、助手席でひょろりと長い足を子供のように抱えた当麻は、ふざけて天井を仰ぎながら両手で耳を塞いでいた。
「狼って、伸ちゃん・・・。喰ったのは俺よ?物理的に考えても・・・」
飄々とした、いっそ見事なまでに下品な当麻の言葉が、伸の怒りにいっそう油を注いだ。
「・・・イテッ・・・」
ついに運転席から伸びてきた手に小突かれてしまう。
教育的指導。当然の仕打ちである。
「・・・で?・・・何処の馬の骨なの」
不気味にトーンを下げた、娘を持った父親のような伸のセリフは、しかし未だに誠意のある答えを得られない。
「 horse? 狼にされたり馬にされたり・・・征士も忙しいな・・・」
当麻も別に、故意にふざけているわけではない。このセリフに限っては。
それが分かっているために、尚更伸は脱力感を感じてしまう。
「違うよ・・・バカ」
本当はバカじゃない筈なのに・・・。天然なのか、何なのか。
慣用表現に疎い帰国子女へ説明する気力も潰えて、伸はステアリングに縋りそうになった。
「なに? stallion(種馬)だって言いたいの?・・・違うのか・・・」
混迷する話の行方に更に顰められた伸の横顔を流し見て、流石の当麻も間違いを悟ったらしい。
これ以上的外れなセリフを並べて殊更機嫌を損ねるのも得策でないと思ったのだろう。
「 What do you mean ? 」
少し遠慮がちな声音で、分かるように言えと要求する。
「つまり・・・何者なのさ、そいつは」
あぁ、そーゆー意味ね、と呟いてやっと腑に落ちた顔をしたものの、やはり当麻は言葉に詰まって困り果てた。
ナニモノって・・・。
ワルモノ?クセモノ?ツケモノ?
って、それは人じゃねーし。
自ら胸の中でツッコミながら、口に出す愚は冒さなかった。
「・・・職業きいてんのか?」
イマイチ自信が持てず、情けない目で伸に確かめる。
「それも含めて、何処の誰でどんな奴なのか訊いてんの」
低く平坦な言い様に、伸の機嫌の程が表れている。
あわわ・・・・。
当麻は少し慌てて言葉を掻き集めた。
「サラリーマンだよ。超イイ男なんだけど、結構硬くて紳士的な人。全然ゴーインじゃなくて、何するのも俺に訊いてくれるし」
だからオオカミじゃないと、当麻は言いたいらしい。
「あ、名刺貰ってたんだった。・・・・見る?」
見る?と尋ねながら出そうとしない当麻に、運転席から手のひらが差し出される。
持ってるかな?捨ててないよな、俺、といい加減なセリフを呟きながらゴソゴソと探し出すのにちらりと目をやって、伸は小さくため息を吐いた。
やっと乗った首都高は、『この先事故車両有、渋滞2キロ』の表示の通り、車の流れが滞り出している。
ったく、どこのバカさ。そうでなくても雨降ってんのに。
気の毒な事故車両にまで腹の底で毒づきだした頃、ようやく当麻が「あった!」と件の紙切れを差し出す。
ちょうど完全に流れが止まってしまった車の列に加わって、伸は受け取った、その名刺に目を落とした。
・・・・・・・。
なんの変哲もない、文字だけの名刺。
しかしその文字を目で追った瞬間、画像をも含んだ数々の情報が伸の脳内で慌しくシナプスを行き交った。
下の名までは記憶になかったが、名刺に黒々と印字された肩書きと苗字だけで、経済誌に載っていた厳しい表情の美貌を思い出せる。
サラリーマンだって、さらっと言ってなかったか?さっき。
確かに、サラリーは貰ってるだろうけどさ・・・。
一介のサラリーマンじゃないだろ?
全っ然、違うじゃないか。
「伸、前、進んだ」
事故車両が見えないかと窓の外を気にしている当麻は、わくわくを押し隠した様子で伸を急かす。
まぁ、何処の誰とも分かんない奴よりはいいか。調べ易いし。
伸は車を出しながら、『伊達征士』について何処から情報を得られるかを考え始めていた。
ちょっと、過保護が過ぎるかも知れない。
当麻も、もう子供じゃない。
分かってはいる。
相手が女性なら、いつものように相手の身元を確認するところまでで放っておくんだけどね。
今回はだめだ。
人となりまでキッチリ調べてやる!と腹に決める伸である。
車の列は、伸の思考を刺激しないよう、ゆっくりゆっくり進む。
だけど・・・この『伊達征士』。
自分の肩書きを見ながら『サラリーマンだ』って言っちゃう当麻をどう思ってんだろ?
はて?
自尊心は大切だけれど、世の中、変に肩書きにプライドを持つ男は多い。
特に『社長』と持ち上げられ慣れた人間には。
ところが、そこへ持ってきて、当麻は大概肩書きというものに特別敬意を払わない傾向が強い。
だから、『サラリーマンだよ』というセリフが出るのだ。
その辺も、拘り無く笑って許せる器の男ならいいんだけどね・・・。
ちらりと助手席に目をやりながら思う伸である。
「片付いちゃったのかね?ジコシャリョー」
少し流れの良くなった車の列を、かなり残念そうに眺めている。
と思ったら、当麻はくすっと笑って伸を振り返った。
「大丈夫だよ」
まるで伸の胸の内を読んだかのように言う。
が、何が大丈夫なのか。
幾分伏せられた蒼い瞳が陰っているせいか、笑みの形に上がった口角さえ、無理があるように伸には見える。
「平気。会いたい時に会って、話したいこと話して、ヤリたい時にヤッテ」
ゲヒンな言い様にもわざとらしさが透けると思うのは気のせいだろうか。
「楽しければいい。それだけ」
相槌さえ打たない伸を相手に、当麻はやけに饒舌だ。
「ケッコンしたい訳じゃなし」
男同士で、と笑って当麻が言う『ケッコン』が、実際に世間で言うところの法律に守られたそれでないことは、伸にもすぐに察しがついた。
「俺だって、学習するさ。二度と同じ失敗はしない。・・・・・つもり」
だから心配するな、とまでは口に出せずに笑って見せる。
その、伸への思いやりのような、子供の強がりのような、または自身の支えのような笑顔を流し見て、伸は仕方なく、密かに溜めた息をついた。
胸のどこかに、痛みに似たものを感じながら。
心配しないでいられる訳がない。
また、傷付けられるんじゃないかと。
それも勿論心配だけれど。
それ以前に。
もう彼は、そういう意味で人に心を開くことはないのかも知れないと。
lifelong companion ───そんなものは存在しないと鼻で笑って、頑なに否定し続けるのではないかと、それが一番気がかりなのだ。
『ケッコンしたい訳じゃない』
言って虚ろな目で笑う彼を、改めさせることが自分にできるのならとっくにしている。
だが彼は自分に、その役を望まない。
それならそれで、他の誰かでも構わないのだ。
彼の目に本物の幸福を映してくれる人ならば。
それこそ、男であろうと女であろうと。
だから、どうか・・・・・。
静かな車内。
何を考えているのか暗い窓の外へ目をやったまま、眠るでもなく黙っている当麻を気にしながら、伸も黙ってぼやけたテールランプの列を見つめていた。


「どうする?今日は。こんな時間だし、このままウチ泊まるかい?」
半ば YES. の返事を予測しての問いに、今日に限って当麻は「んー・・・」と考え込んだ。
「やっぱ、今日は家帰ろうかな。伸が国立まで面倒でなければ」
雨の中の運転を気遣う当麻にそんな事は構わないと言いながら、やはり訳を問いたそうな表情になったのだろう。
伸と目が合うと、当麻は苦笑して訳はないと言った。
「何もないんだ。ただ、なぁんとなく・・・・」

何となく・・・何なのかは、当麻を送り届けた先ですぐに判明した。
当麻の持ち家のガレージに、大型の国産車が一台止まっている。
ガレージは有っても免許も足も持たない家主だ。
ここに車が入るのは、当麻の送迎以外あまりない。
「あれ・・・?」
車に気づいたのは、どちらが先だったのか。
伸は車を門前につけた。
ヘッドライトに照らされて、色までは判然としないが車種が読み取れる。
暗色の、シーマ。
「あぁ・・・征士だ」
クスッと笑って、当麻が言う。
何となく、嬉しそうに見える。
『ただ、何となく・・・』来るんじゃないかと思って。彼が。
そういうことだ。
「ありがと、伸」
完全に車から降りると、当麻はドアから伸を覗き込んで、ニッと笑った。
「心配すんな。大丈夫だって」
車内の明かりを反射して、瞳の蒼が力強く鮮やかに目を引いた。
その輝きにやっと安心させられた気がして、雨に晒されている当麻を気にしながら伸も笑って頷く。
分かってるよ。お疲れサマ。おやすみ。
玄関前に見える長身の人影の方へ当麻を急かす。
門を抜けて、玄関口まで駆けて行く後姿を、少し複雑な気持ちで見送った。
当麻は玄関前でその人影と二言三言言葉を交わし、玄関を開けて入りかけ、笑顔のまま伸を振り返って手を振って寄越す。
つられる様に手を振り返して、当麻が家の中へ消えるまで、窓に明かりが点くまで見届けて、伸は車を出した。
当麻の言うとおり、大丈夫かもしれない。
もしかしたら、選ばれたキャストは彼なのかもしれないと思いながら。


To be continued.


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