+++ Indigo Waltz +++
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Heaven only knows
征士が残業や出張でいない家に独りでいると、ふっと浮かれた夢から覚めたように、我に返って考えることがある。
本当に奴は出かけているだけなんだろうか、と。
自分に都合よく俺が忘れているだけで、本当は出て行ったのではないのか、と。
かつての恋人のように。
何度も、繰り返し繰り返しみる夢がある。ドリームではなくて、ナイトメアの方。
それは章さんが正に家を出て行く時の場面で、彼のセリフも表情も過去の通り。唯一つ違うのは、実際にはバカみたいにただ立ち尽くすだけだった俺が、呟き程度にでも呼び止めようと彼の名を呼べる所だけだ。それでも出て行かれる結末は少しも変わらないけれど。
ところが最近、このスタンプを押したように寸分違わずリプレイされる、だけど何度みても慣れない夢が、少し変わってしまった。俺の脳がみせる夢は、素晴らしい演出を披露してくれる。ありがたくて涙が出そうだ。
出て行こうとドアノブに手を掛けた章さんが、振り向いて俺を見る。過去実際には無かったその動きに、俺はえ?と思って息を呑んだけれど、それだけでは済まなかった。その振り返った顔は、何故か征士だった。いつのまにか、俺に愛想を尽かして出て行こうとしているのは、章さんじゃなくて征士になっていたんだ。びっくりした。息が止まるくらいびっくりしたけど、すぐに(あぁ、やっぱり)とも思った。征士と章さんは全くタイプが違うしルックスも似てないんだけど、振り返った征士の顔の中で目だけが、出て行った時の章さんの目とそっくりだった。俺の知っている目。良く知っている場面。良く知っている絶望感。良く知っている喪失感。知っているのにやっぱり慣れない。知っているのに混乱して、息苦しくて、気持ち悪くて目を開けると、心配そうに覗き込む征士の顔が、すぐ目の前にあった。
これは現実。まだ大丈夫。落ち着けと、自分に言い聞かせる。
どうした?と訊かれても、まさかこの夢は教えられなくて。
汗で額に張り付いた前髪を梳き上げてくれながら俺の息が収まるのを待ってくれてる征士に、怖い夢をみたとだけ告げた。なるだけ深刻に聞こえないように、できるだけあどけなく。
子供みたいにお化けが苦手な俺を知っている征士は、それで案の定納得してくれて、俺はひとまず安心した。
征士は笑って、自分がいるから大丈夫だと言う。
そう。
確かに、征士がいる間は大丈夫だ。
いてくれるならば。
友情や肉親の愛情はどうだか知らないが、恋愛の情は化石燃料や化石資源のようなものではないかと、俺は思っている。石油や宝石みたいな。見つけるとただ嬉しくて闇雲に掘り返してしまう。愛情・優しさ・慈しみ、いろんな種類の宝石を渡されて舞い上がって。
でも怖くなるんだ。そのうちにすぐ。
ダイヤは無尽蔵にある訳じゃない。採掘に採掘を重ねて、最後には何も出なくなる。その時が終わりの時。
しかも、結構その終わりがいきなり来ることを、俺は知っている。枯渇して何も無い夢の跡を突きつけられて、呆然とした後にやって来る最高に最悪な気分も、俺は痛いほど知っている。
昔、俺は本当に物を知らないバカなガキだった。好きな人に好きだと返されて有頂天になっていたあの頃。それがずっと続くと思い込んでいた。というか、終わることなど疑ったこともなく、考えもつかなかった。
今思うと、バカであるが故に幸せなガキだったと思う。
知らなかったのだ。“永遠”なんて存在しない、“ずっと”なんて有り得ないという事を。特に人の気持ちには。
終わりがあることを知っている今の自分は、少なくともガキは卒業したと思いたいが、でもやっぱりバカなままなんだろうとも思う。
あんなに泣いたのに、俺は少しも学習しなかったのだ。章さんとのことから。何が終わりの原因だったのかを。
どこで間違ったのか、あるいは始めから違っていたのか。
何が悪かったのか、それとも何もかもダメだったのか。
ずっとあれこれ考えているのに、決定的にコレだと言う物は何も掴めていない。
救いようの無いバカだ。
ということはつまり、何をすれば(あるいは、しなければ)終わりを先に延ばせるのかも見当がつかないという事だ。
俺はまた、同じ事を繰り返す確率が高い。
いや、可能性の話では既にないのかも。
悪夢は現実になる。
遠くない将来、きっと。
俺のことを好きだと言ってくれる、征士を信じない訳ではない。今一緒に居たいと思ってくれている事を疑いはしないけれど、それがこの先もずっと続くと誰が言える?そんな事は誰にも分からない筈だ。征士本人にさえも。
人間は生きている限り、時間の経過の中で様々な出来事に直面し、それをきっかけに様々思考する。その思考の中から新たな考えが生まれるのを止めることは、誰にもできない。そしてその新たな考えは、今を否定する物かも知れないし、それが生まれるのは明日かも知れず、1年後かも知れない。
果たしてその時、俺は変わらず立っていられるだろうか?
征士との生活を始めた時から覚悟はしていたつもりだけど、まずいまずいと思いながらもどんどん奴に依存していく自分がいて、考えれば考える程どうしていいのか分からなくなる。
どうすれば、なるべく長く側にいてもらえるのか。
どうすれば、自分から離れたいと思い始めた恋人に気づいて手放してやれるのか。
どうすれば、その後呼吸できるのか。
分からない。
考えれば考える程、叫び出しそうになる。
大声で泣き喚きたくなる。
何かがせり上がって来る様で、胸が苦しい。
変だ。こんなのは。
でも、どうしようもない。
いつか、近いうちに、俺は狂ってしまうんじゃないのか。
恐怖で。
死にたいくらい幸せ、という日本語がある。
生まれた時からダメだダメだと言われて、3つまでもたないとか、10歳までは無理とか、20歳までは生きないとか言われながら辛うじて生きてきた俺なので、自分から積極的に死のうとは思わないけれど。
でも今日、今の時点で死ねたら幸せだと、結構切実に思う。
今、征士の車の音がした。
今ならまだ、奴は俺のところへ戻ってきてくれるから。
笑っちゃうくらい卑屈な俺。でも、どうにもできない。
Fin
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