+++ Indigo Waltz +++
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SPOON


完熟バナナ  … 2本
砂糖  … 60グラム
溶かしバター  … 60グラム
溶き卵  … 2 個
牛乳  … 60 cc
小麦粉  … 150 グラム
ベーキングパウダー  … 小さじ 1
くるみ  … 30 グラム


「バナナはフォークの背中で適当につぶしてね。小麦粉とベーキングパウダーは振るっておくこと。材料を混ぜ合わせたら、パウンド型にクッキングペーパー敷いたところへ入れて、オーブンで焼く。175℃で30分」
「んー。わかった〜〜」
ダイニングテーブルの片隅に仕事の書類を広げながら目も上げずにレクチャーする伸と、立ったままてろ〜んと頷く当麻。
メモ一つ取るでない彼は、別にやる気が無いのではなく。
メモなど取るまでもなく、その場で即、頭に入っているのだ。
その証拠に、勝手知ったる他人の家、キッチンから何迷うでもなく着実に材料と道具をダイニングのテーブルへ運び始めた。
やる気がない、などとはとんでもない。彼は、超、やる気である。
表情にこそそのやる気は表れていないけれど。
「それで?朝から何を怒ってたんだぃ?」
伸は相変わらず書類に目を落としたまま、ことのついでのように尋ねる。
そう。何を隠そう(隠すつもりもないだろうが)当麻は朝からご機嫌斜めであった。
それは、国立の家まで当麻を迎えに行った(本日担当の)マネージャーから、伸の携帯に戸惑った声で報告が入るほど顕著なモノだったらしく。
仕事中、実際にカメラの前にいる間は流石に完璧に引っ込めたようだが、仕事を離れれば‥‥‥現に今も、お綺麗な顔には大きく『不機嫌!』の文字が見えるようだった。
「それがさ‥‥‥」
重い口を開きかけて、むぅっと黙る、彼。
「伸。‥‥聞いてくれる気、あんの?」
どうやら、顔を伏せたままの伸の、誠意の在り処を質したいらしかった。
「あるある。すんごく有りますよ?」
笑いながら、やっと顔を上げた伸は「ほらね?」とでも言うように持っていたペンを置いて見せた。
「で、何だって?征士と喧嘩でもした、とか‥‥」
まさかね〜、という軽い調子で水を向けると、
「喧嘩になんか、なるワケねぇよ。俺が一人で怒ってるだけなんだから‥‥」
ぶっす〜〜、とした答えが返って、更に伸の笑いを誘う。
確かに、喧嘩というのは双方共に怒りのボルテージを上げないと成り立たない。
当麻の方はともかくも、年下の恋人に大甘な彼の人にそれができるとは、どう考えても思えないのだった。
「なるほど‥‥」
ブスくれている当麻の手前、これ以上笑っていてはマズイと思い、伸は辛うじて神妙な顔を作る。
「んじゃ、何があったのかな?」
「‥‥‥‥‥」
拗ねた様子で小麦粉を振るい始めるが、ん?と柔らかく促されてブーたれ当麻もやっと気を取り直す。
「朝、起きたらさぁ‥‥、洗濯が、終わってたんだよ」
(訂正1:起こされたら、の間違いであろう)
伸は心の中で密かに当麻の言葉を正しく変換しながら、眉を上げる。
これだけでは、家事も片付いている清々しい朝の始まりでしかない。
「洗濯は俺がするって言ってたのに」
(訂正2:洗濯するのは洗濯機。俺が、という程のモノでもない)
「気がついたら、もう干すのも終わってた‥‥。しかも、いつも通り、メシも出来てて」
正直、ケッコウな話じゃないか、何の問題が?と思ったが、伸は口にも顔にも出さない。
「掃除だって征士がしちゃうしさ」
「‥‥でも、ハウスキーパー断ったのはヤツなんだから、ある意味当然なんじゃないの?」
「‥‥‥‥‥」
そう。当麻が長期に不在の期間以外は自分がするから構わないと言ったのは、紛れも無く件のヤツである。
まぁ、二人の空間に他人を入れたくない、という事だろうと伸は解釈しているが。
「メシ作るのだって、ほとんど征士がするんだぜ? そりゃ、朝は俺なかなか起きらんねぇからしょうがないけどさ。夜なら俺だって出来るのにぃ」
まぜまぜまぜまぜ‥‥‥。
バナナとくるみ以外の材料をボールで混ぜ合わせながら、当麻のブーたれはまだ続く。
「俺だって一人で生活してたんだし、料理くらい普通に出来るのに‥‥なんか、なんも出来ないと思われてるらしくってさぁ‥‥。 子供の手伝いじゃないんだから‥‥俺だって包丁ぐらい使えるっつーの」
ボールの中に皮を剥いたバナナを放り込んでザカザカと潰している当麻を見ながら、伸は腹の中で『あー‥‥‥』と呟く。
『当麻の手、荒れさせたり怪我させたりしないでよね。』と征士に言った記憶が、彼には微かにあったのだ。
それにしてもな〜、征士ももう少し上手く やれないのかねぇ‥‥‥。子供の手伝いと感じさせない手伝いのさせ方というモノがあるだろう‥‥と、少々勝手ながら心に呟く伸であった。
「この前なんかなぁ、征士が天ぷら揚げてる時に、ビール出そうと思ってキッチンのカウンターん中入ったら、危ないって怒られてさ。‥‥ナンダってんだ!冷蔵庫くらい開けさせろ!」
‥‥怒っている。
「‥‥好きでやってんだから、やらせといたら?」
頬杖をついて当麻の怒った表情を見やりながら、提案とも言えない進言をしてみる。
「だって‥‥‥。征士ばっか大変じゃん‥‥‥」
急に落ちるトーン。
ふーん‥‥‥。なるほどね〜‥‥‥。それで今日は空き時間に、急にパウンドケーキを焼くことになったワケなんだね〜‥‥。
伸は指先で器用にペンを回しながら、ぼんやり思考を巡らせる。
パウンドケーキってのがまた絶妙だったよねぇ‥‥と。
自分だって料理くらい出来る、というトコロを示したかったのだろう、唐突に『何か作る。』と言い出した当麻に、ぴったりのレシピを提示したものだ。
材料を混ぜ合わせてオーブンで焼くだけの簡単なレシピ。
だが、作った、という達成感はそこそこ得られる。
これぞまさに、“子供の手伝いと感じさせない手伝いのさせ方”ではないか。
全く‥‥この要領の良さ、征士にも見習って欲しいよ。
「俺だって、何か征士のためにしてあげたいのに‥‥。俺ばっかりしてもらってる‥‥‥」
少し大きなくるみの実を適当な大きさに割りながらポソポソと言う当麻に 目顔で頷いて、理解を示す素振りだけは見せながら、伸はその実まるで逆の言葉を胸中に巡らせていた。
‥‥何かしてあげたいってのはいいとして、それが家事でなくても、いいと思うんだよねぇ‥‥。征士にしてみれば、居てくれるだけでいいと思ってんだろうからさぁ‥‥。だいたい、甘やかしたい世話焼きたい、で好きなようにやってんだから、 素直に甘えとけばいいと思うんだけど。そう。別に、僕が一言言ったからって訳じゃないよね、コトここに至ると。僕が余計なこと言わなくっても、こうなってたに決まってる。
────とまぁ、一人勝手に決定を下したところで、伸はハタとある事に気づいて目を見張った。
「ちょ‥‥っと当麻、君そのスプーンで、ベーキングパウダー何杯入れた?」
テーブルの上に残された、計量スプーンを指しての問い。使った形跡があるのは、一番小さなスプーンだった。
「何杯って‥‥1杯だよ?“小さじ1”だろ?」
ケロッと答える当麻に、伸は咄嗟に米神を押さえて目を閉じる。
あぁ、やっぱり‥‥。気づいて良かった〜。危うく、イヤに身の詰まったパウンドケーキが出来上がるところだった‥‥。
「当麻‥‥計量スプーン、3本あるだろ?それはね、大きい方から、大さじ・小さじ・小さじ1/2 なワケ」
「え‥‥‥大さじ・中さじ・小さじなんじゃぁ‥‥?」
「“中さじ”なんてものは、存在しません。」
キッパリと容赦なく否定されて、当麻は言葉も無い。
きっと彼の頭の中は今、大きなショックで真っ白な状態なのだろう。
「まだ間に合うから」
たぶん、と伸は胸の中だけで付け足す。
「そのスプーンで、もう一杯入れなさいね」
それでやっと小さじ1杯分だよと、立ち尽くしたままの当麻に優しく教えた。



なんだか静かなダイニング。
追加のベーキングパウダー小さじ1/2も無事混ぜ合わされたタネをパウンド型に流し込む当麻の向かいで、ご託宣のような伸の言葉が告げられる。
「できる事を手伝ってあげるくらいでいいんじゃないかな。たぶん征士、“小さじ”は解ってると思うんだよね‥‥」


Fin


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