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BODY & SOUL 10

BODY & SOUL 10

ブルルル...という携帯電話の振動を当麻が感じたのは、ちょうど基礎研究棟のエレベーターを一階で降りた直後だった。
「んあ?」
ごそごそと携帯を取り出して、発信元を確認してからシェル形のそれをカパッと開く。
「んー、何?」
ご苦労にも休日出勤明けの身で、自分つきの舎弟に振りまく愛想はあまり持ち合わせていないらしい。非常に素っ気ない当麻である。
『ジョーッ、大変です!』
「‥‥‥‥」
飛び出してきた声に反射的に電話を耳から離して、ちょっと眇めた目で見つめてみたりする。
「‥‥うっかり八兵衛かっての‥‥」
テンションの低い当麻にもめげず、哲の興奮は収まらない。
『や、ふざけてる場合じゃないっすよ。マジ、ヤバイんですって!』
「‥‥ちっと落ち着け。‥‥‥何だよ?」
宥めている、というよりはウンザリしている様子のお嬢。
『若が戻られたんですが』
「そーゆー予定だったろうが」
『ヤバイ雰囲気なんですよぉ!ジョーがキレてて!!』
「‥‥は?」
当麻はまた携帯を耳から離して、改めて見つめてみる。話が読めない‥‥全く。
「俺、別に怒ってねーけど‥‥?」
『や、そーじゃなくって。油ギレのキレっす。』
「‥‥は?」
解らない。
会話の相手が自分と同じ言語を喋っているのかどうかも疑わしいくらいの、意味不明さ。
『だから、エネルギー切れのキレっす!』
当麻は携帯を持たない右手でコメカミを押さえた。
あぁ‥‥もっとちゃんと日本語教えとくんだった‥‥。俺が悪ィの?ねぇ、自業自得?
と反省しかけるが、後の祭り。
「‥‥全っ然、分っかんねェ‥‥」
もう既に、理解に向けた努力をする気にもならないと、当麻の言葉は投げやりだ。
電話越しにもその諦念はしっかり伝わって、舎弟はなお更焦って言葉を並べる悪循環。
俺、いつまでコレに付き合うの?と少し悲しくさえなった当麻は顔を上げて、そこに光明を見出した。
「あ、征士‥‥」
バイクを駐めてある駐輪場の手前に、見慣れた白い大型ベンツが止まっている。
「哲、もういい。征士こっち来てるから本人に訊くわ」
『えっ待っ‥‥それはヤバ‥‥』
まだ何か喚いている舎弟の言葉を遮りブチッと携帯を切って、自分に気づいたのだろう、助手席から降りた若頭補佐が頭を下げる車に向かって当麻は迷いもなく歩き出した。

一方、無情にも通話をブチ切りされたお嬢付の舎弟は、己の無力に打ちのめされて床に懐く。
「あぁぁぁぁ〜〜‥‥」
『征士に訊くわ』って‥‥その若が危険だって言ったんすよ、俺はぁ〜!
って、俺、ちゃんと言ったっけ‥‥?
「あぁぁぁぁ〜〜‥‥」
哲はずるずると深い自己嫌悪に嵌っていくのであった‥‥。

「お疲れ様でした」
後部のドアを開けながら掛けられた声の硬さに、この時当麻は全く気づかなかった。
少しでも気に留めて目を上げていれば、若頭補佐の厳つい顔に浮かんだ微妙な表情に、何かサジェストされたかもしれなかったのだ。が。
「おぅ」と上機嫌に答えながら、当麻は車中を覗き込む。
思ったとおり、久しぶりに顔を合わせる従兄は相変わらずのイイ男。
「よっ。お帰りー。俺のこと迎えに来てくれたの?バイクで来てるから平気なのに」
そう。ドアに手を掛けて中を覗き込んだだけで、当麻は促されても乗るつもりはなかった。
のだが。
「ぅわっ‥‥!」
何が起こったのか、しばらく当麻には分からなかった。
分からなかったが、いきなり視界が大回転したかと思うと、体のドコを車のドコにぶつけたものやら、ぶつけていないのやら。
足元でボスンッと重い音がして、なぜかドアが閉められる。乗るつもりの無かったベンツのドアが。自分の足元で。
‥‥足元?
いや、それより何で俺の上に征士がいんの?
「おいっ‥‥‥」
なんなんだよッと半ばパニくっている当麻に、極めて至近距離から鋭い視線が当てられていた。
射抜くような、硬質なアメジストの瞳は飢えたようなギラついた輝きを湛えている。
筋者の、しかも幹部クラスの男でも震え上がらせるその目に睨まれて、怯まず睨み返せる人間はいくらもいない。が、彼の従弟はその稀な人間の筆頭だ。
「どけよ。重いって」
いきなり車に引っ張り込まれて、デカいガタイに圧し掛かられて。むしろ俺の方が怒ってるっ、と不機嫌に睨み返す。
睨み合ったまま、車内には張り詰めた重い沈黙が満ちた。
後部座席で重なり合った二人は勿論のこと、運転席と助手席でも、厳つい男たちが微動だにせず凍りついている。
「「──────」」

「‥‥征士?」
ちょっと落ち着いたのだろう。怒りではない、訝しげな声で当麻は従兄を呼ぶ。
同時に、日頃めったに自分には向けない視線を向ける従兄を心配するような、探るような蒼瞳でじっと目を覗き込まれて。
征士はどこか痛そうに目を伏せて、そのまま顔まで従弟の首筋へ伏せた。
その細い首筋を吐息で濡らし、鎖骨へのキレイなラインを唇と舌が辿る。
「ん‥‥ちょっ、征、なに‥‥‥っ」
従兄が何をしようとしているのか、勿論当麻は理解していた。してはいたし、その行為自体に否やはなかったが、しかし、どうしてそれを今(土曜の真昼間。休日にわざわざ出勤してやった職場を出ようとしていたトコロで、まだ敷地内に居る以上、出たとは言い難い。)この場(狭い車中─── 否、世間的に見てベンツの中は決して狭くは無いが、男二人でナニするには、如何にも狭い。)で、しかも超超不機嫌そうな従兄によって一方的に雪崩れ込もうとしているのか。そこが全く理解できていなかった。
「ちょ・・・、待てって・・征っ」
言ったところで、従兄の動きは止まらない。
いとも簡単にボタンを飛ばしながら開いた当麻の白い胸に顔を伏せ、途中気が向くままに寄り道しながらも着々と首から胸、腹へと舐め進んでいく。
「ヤ、だって・・・。なぁ、帰って・・・っ、帰ってやろ・・・」
押さえつけられてほとんど身動きも出来ないまま、なんとか妥協案を出してみるが。
返った低い声音での応えは
「・・・・・待てん」
であった。
まぁ、無視よりはマシと言えば言えるかもしれないが、それで大人しく納得する健気な当麻ではない。
「・・・んだとぉ・・・?」
何が納得いかないといって、従兄に自分の言い分を聞き入れてもらえない事ほど納得のいかない事はない。
しかし、一度下火になった怒りを再燃させるにしては、如何にも遅すぎた。
殴ってやろうにも両手は纏めて征士の腕一本で押さえ込まれている。なお更ムカツクことにピクリとも動かせない。ならば蹴りでも・・・と思うのだが、従兄の体が密着しすぎていて、蹴るに蹴れない。
「な・・・んで、こ・・・・んな狭いトコで・・・・っ、やんなきゃなんねぇんだよッ!!」
悔し紛れに唯一自由になる首を大した意味も無く振り動かすと、運転席と助手席のシートが視界を遮っている。
一瞬、ほんの一瞬、そこにいる二人に助けを求めようかという考えが頭を過ぎる。が、すぐに打ち消した。
彼らは従兄の舎弟だが、ここで当麻が「なんとかしろ」と一言言えば、従兄を止めるために二人とも動きはするだろうと思う。そこまでは自信があったが、それだけだろうとも察しがついてしまったのだった。自分の言い分を聞き入れない征士が、舎弟の言い分を聞くとは到底思えない。しかも、だ。この状況で第三者に助けを求めるような事をすれば、どうして燃えてるんだか訳の分からない火に油を大盤振る舞いしてしまうのも目に見えている。現に、当麻の視線が前部席に向いたのを敏感に察知した従兄は、眉間の縦皺を余計深めて凄むように一言「適当に流せ」と運転席へ指示を投げた。
仕方ない・・・。
これはもう、頭に血が上りきっているらしい従兄に黙って付き合ってやるしかない、と当麻は諦めに似た冷静さでしぶしぶ考えた。しかし、だからと言って大人しく流されてやるほど従順にもなれず。
ク・・・ッソー・・・・・・ム・カ・ツ・ク〜〜〜!!!
従兄の力強い腕が片腕だけで易々とベルトのバックルを緩めるのを感じながら、当麻はなお更力を込めて全身を強張らせた。
「・・・当麻・・・・・」
何か注文を付けたそうに征士が小さく自分の腹の上から呼ぶのを敢えて無視して、ベンツの天井を睨みつけ、奥歯を噛み締める。
ついでに、そこだけは腕の中で唯一動かせる手首から先をなんとか動かして、白い革のシートに遠慮なく爪を立てた。

一方、その頃の前方二席では────── 相変わらず、男二人で固まっていた。
もちろん、運転席で運転しないわけにはいかないので、言われたとおりに目的も無く市内を流してはいたが、頭の中は見事にフローズンだ。
二人とも組幹部&若頭の側近なので、若頭とお嬢が生活する離れへも日常的に出入りする。日常的に出入りすれば、バスルームの扉越しや寝室のドア越し、果てはリビングのドア越しなど、ソウイウ場面に出くわす事も多い。なので、今更それにたじろぎはしない。
しかし──────
二人の頭は見事にフリーズしていた。
常日頃出くわすソウイウ場面は、本当に愉しそうな、子供が二人でじゃれ合っているようなものなのだ。漏れ聞こえてくるのは、愉しそうな低い囁きにクスクス笑い、気持ち良さげな嬌声。そういう類のものしか耳にした事はない。
なのに──────
今、後部座席ではいつもと対極にあるような空気が満ちている。
ハッキリ言って、コレは“強姦”だろう。とは、頭のどこかで思っていた。
お止めしなくて良いのか?とも、思いもした。
しかし──────
あまりにも普段の二人からは有り得ない場面が展開されすぎていて、凍りついた脳はほとんど機能していなかった。
ただ、じっとりと湿る手を握り締めるのみ──────

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