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BODY & SOUL 2

BODY & SOUL 2

「だからぁ、ヤだって言ってんの!俺は!」
離れの一室は朝から騒々しく、なにやら不穏な空気を漂わせていた。
「なんでソレでなきゃいけねーのよ?どのピアスしようが俺の勝手だろ?・・・んだよ。ヤルか?ヤんのか?」
テンポ良くポンポンと悪口雑言を投げた挙句にファイティングポーズをとる。長年やめずにジムへ通っているため、なかなか堂にいった構えではあるが。
20年以上の年月をかけて、背丈はそれなりに育ったものの、どうやら口の悪さも含めた本質は相変わらずな当麻だった。
さらさらと柔らかく揺れる長めの前髪の奥から大きな蒼い目を吊り上げて、困惑した顔で向き合う組の若い男を睨んでいる。
本日のいでたちは、光沢のある暗めのボルドーのシャツにスリムのブラックジーンズ。シャツのボタンは上から2つ程あいていて。浮いた鎖骨が対称に一対、キレイにのぞいていた。
構えた拳、握った細い指には殊更ゴツク見えるクロムハーツのリングが嵌っている。
そして、小さな左耳には、男が意図した物とは別のピアス。
全体的にどう見ても、ヤクザというよりビジュアルロッカーだが、勿論職業はロッカーなどではなく、組員ですらない。大学の医学部、法医学教室に在籍する歴とした医者なのであった。・・・なぜか。
「・・・・・やりませんよ・・・・・」
図らずも、途方に暮れた声。
しかしとにかく、当麻の世話役兼運転手兼用心棒という役目を若頭から言い付かっている身としては、何としてでも目的を遂げねばならない理由がある。当麻には言えないが。
「でもこれ、若に貰ったヤツなんでしょう?なんで嫌なんスか」
情けなく顰められた精悍な顔を見やって、当麻は腕を下ろしつつため息を漏らす。
「あのなぁ、哲。サルだって、いくら好きでも毎日バナナじゃ飽きンだよ。ん?分かる?」
確かに。言いたいことは分かる。
要するに、このデザインは飽きたと言いたいんだろう。
だが・・・・・。
「・・・サル・・・?」
自分を指差して呟かれた言葉に、神経質に反応した当麻が顔を顰める。
「・・・なんで俺がサルなんだよ」
「だって・・・ジョーさんの話だったでしょ」
「・・・・・」
言葉に詰まった当麻のハラは、その表情から簡単に知れるものだった。
勿論、哲にも。
一言で言うと、たぶん、『ブッ殺す!!』。
「・・・・・どうしても、ヤりてーんだな?」
「やりませんって!」
極端に低くなった声に慌てて否定し、睨み合うこと十数秒。
全く引く気を見せない当麻に、仕方なく哲は突破口を開くべく、ささやかな爆弾を投げる。
「勘弁してくださいよ、姐さん・・・」
「っ誰が姐さんじゃっ!!」
とうとう腹に拳を喰らって、毎度お馴染みのスキンシップに、哲は笑いながら痛がって見せるという、器用なマネを披露している。
マトモに入ったパンチが効いていない訳もないのに、どこか嬉しそうなその反応に、当麻は呆れながら独りごちた。
「ヤだヤだ。ウチの連中ってマゾばっか・・・?」
哲に限らず、組の人間に一様に見られるこの傾向は何の因果なのかと、甲斐のない考察をしながらピアスを外す。
「征士に言っとけよ。発信機付きの新しいヤツ早く寄越せって。急がねぇとホントに着けてやんねぇかんな」
ポイッと投げて寄越されたピアスを辛うじてキャッチして、哲は呆然と当麻の顔を見つめた。
「ジョーさん・・・知ってたんスか・・・?発信機・・・」
「当たり前だ。バカにしてんのか?俺を誰だと思ってる」
そんじょそこらの女性ではきっと勝負にならないだろう“これぞ柳腰!”(組では専らこう言う)に両手を掛けて偉そうなポーズの当麻を前に、哲の頭は“姐さん”とか“オレ様”とかいう問いの答えが思い浮かんだが、賢明なことに黙っておいた。


「そう言えば、昨日の夜中、征士帰って来たか?」
「え・・・どうなんでしょう?自分も寝てましたから・・・」
節の高い不器用な指が震えるほど慎重に、小さな耳朶へ小さなピアスを刺しながら、哲は大人しくされるままの当麻を盗み見る。
「どうかしたんスか?」
息がかかってくすぐったかったのか、当麻は伏せた瞼を震わせてクスッと笑った。
「夜中にふっと目が覚めてさ。・・・したら、なんでかウエストに腕が回ってて」
違ったらしい。思い出し笑いだ。
「いつの間にか、後ろから抱きかかえられてたんだ。ヌイグルミみたいにさ。・・・んで、俺の腰になんか硬いモンが当たってるワケよ。奴は寝てんだぜ?人の背中に張り付いて。なんか妙に可愛くてさ、でも寝返り打てねぇし参ったなぁと思ってたら、また寝ちまった。・・・・でも、朝起きたらいねぇし・・・夢だったかも知んねぇなぁ・・・」
「あぁ、それたぶん、夢じゃないっすよ」
シルバーにトルコ石を組み合わせたピアスは、当麻に良く似合っていた。
耳朶から恐々手を引いて、『痛くないスか』と気遣う哲に、当麻は笑って首を振る。
「2・3時間しかなくても、戻れる時は寝に帰りますから、若」
「それが分かんねーんだよなぁ。どっか女んとことかホテルとか、よそで泊まった方が寝られるだろうになぁ」
・・・と言われても、まさか哲には同意もできない。
この世で唯一、征士をカワイイと表する(一応公認の)恋人が、どうしてこんなに鈍いのか。
周囲の人間は誰でも知っている。征士が少々ムリをしてでも戻りたがるのは、当麻がいるこの部屋、当麻が眠っている正にこのベッドなのだ。
(若も気の毒に・・・)
部屋の中で一番(いや、一番は当麻だ・・・)存在を主張している大きなベッドにチラリと目をやって、大きな世話だが哲は思うのだった。
「ジョーさん、今日、アシは?」
「あぁ、二輪使うからいい。早く上がれたら、帰りにジム寄るわ」
当麻はさっさと黒の革ジャンを羽織っている。もちろん、これから大学へご出勤、だ。この格好で。
「そろそろ出るか」
言いながら既に部屋を出かけている当麻に続きながら、哲はスルッとその手から荷物を攫った。
「ジョー、持ちます」
「サンクス」


“ジョー”と呼ばれるのを気に留めていない当麻だが、呼ぶ側と呼ばれる側の認識の違いには全く気付いていない。
彼の出来のいい頭からは、すっかり抜け落ちていた。自分がジムに通いだす以前からそう呼ばれていたことが。
当麻の“ジョー”は、有名ボクシングマンガからの引用では、決してないのだ。
呼ぶ側の頭の中では、その音はしっかりと一々漢字に変換されている。
“嬢”────と。
知らぬが仏。

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