this page is...novel
BODY & SOUL 4

BODY & SOUL 4

企業の大小に関わらず、業種にも関わらず、その企業集団を率いるリーダーがその場にいるかいないかという事は、その人となりも加味されて、良くも悪くもその場の空気を大きく左右する。
そして、企業とは言えないながら強面のムサ苦しい集団を率いる伊達征士さんは、“感情の起伏人並みなれど(?)傍目に判じ難し”と専らの評判ながら、ヤクザの若頭としてはかなり温厚な人柄であった。
・・・・・たぶん。

着痩せはするがしっかりと鍛え込まれた恵まれた体躯の上に、世にも稀な美貌が載っている。同じ男として生まれた者すら嫉妬を感じる以前に見惚れてしまう程のその容貌はさながらギリシア彫刻のようで、見るものに一瞬、彼の職業選択の誤りを感じさせる。
んが、しかし。
その芸術的な面に配された菫色の眼光の鋭さと、醸し出す雰囲気の剣呑さにおいて、彼の選択に納得せざるを得ない。
もしも、ヤクザが職業であったならば、だが。


さて、その温厚な若頭。
時たま“本日天気晴朗なれど機嫌悪し”のオーラを発散することはあっても、いきなり周囲に当たり散らすなどという事もなく、話せば分かるお人柄。事務所の若い衆とは年が近いこともあり、程よく慕われ、適度に畏怖されつつ、事務所内にあっては最適な緊張感を生むリーダーなのでした。


「ッお疲れ様です」
低音×多数。
さっきまで各々まったりと過ごしていた男たちが慌しく立ち上がったかと思うと、入り口に向かって一斉に頭を下げた。
午前3時。
ダークスーツ軍団のご帰還である。
今日も今日とて硬質な美貌の若頭は、「あぁ」とか「うん」とか鷹揚に頷きながら手近な者に上着を任せ、大股に奥のデスクへ向かうとドサリと黒レザー張りハイバックの椅子へ体を預けた。
その表情は、『ねぇ・・・怒ってるの?』と尋ねたくなるようなもの。
あまつさえ眉間に縦皺まで見て取れるが、ここでは誰も、この位で恐れをなして遠巻きにすることはない。せいぜい彼の疲れ具合を察する程度だ。
「若、何かお持ちしますか?」
「あぁ・・・頼む。コーヒーにしてくれ」
案の定、機嫌は悪くない。
確かに疲れているらしく椅子の背に凭れたままではあるが、微妙に鋭さの和らいだその目を向けられた組員はあからさまに嬉しげな返事を置いて踵を返した。
「何か変わったことは」
口語の疑問形でありながら語尾を上げない独特な口調。平坦に押さえつけたような話し方だが、深みのある低音故に、威圧感を放ちながらも落ち着いた雰囲気を漂わすという複雑な効果を生む。
平和な一日。取り立てて変異でもなく報告というのも大袈裟な舎弟達の話に黙って頷きながら節高い指が煙草を抜くのに、ソツなく傍らから火が差し出され、また別の手が白大理石の灰皿を滑らせた。
「・・・・ところで、」
話に一段落ついたところで、征士は重々しく口を開く。
その深刻な口調で一体何が告げられるのか。
誰一人として疑問には思わなかった。
みんな興味を持ってワクワクと待っていた、と言っても過言ではない。
一日と欠けることなく日々繰り返される言葉。
その日どんなタイミングで言われるのか、舎弟たちの間で賭けの対象になるくらいだ。
「・・・当麻はどうしている」
っ出たぁー、この一言!! と誰もが内心膝を叩きたくなるほど盛り上がっていたが、奥歯を噛み締めて緩みそうになる表情筋に緊張を強いる。
が、一人だけ例外がいた。
「若、この時間ですから・・・、いくら宵っ張りの嬢でも流石にもうお休みでしょう」
若頭補佐の沢木だけが無理をせず、苦笑に表情を緩めて嗜め口調である。
「・・・そうか・・・・」
素直に聞いて、征士は沢木の言う“この時間”を確かめるように壁の時計を見上げた。
確かに、真っ当な公務員が起きているような時間ではない。
「・・・そうだな・・・」
こういう時だけ雄弁に気落ちを晒す若頭に、舎弟たちは訳もなく焦りに背を押されて口を開く。
「もぅ寝るけど若はまだ戻らないのかって」
内線デンワ貰ったのが確か・・・」
「1時半頃でしたッ」
自分を気にしてくれていたらしい従弟の様子に、征士はコーヒーの湯気を顎に受けながら満足そうに目を伏せる。
だがその情動はあまりに密やかでほとんど誰も掴めず、若頭の気鬱回復に心を砕く面々は更に言葉を継ぐ。
「10時頃に、『腹減った。夜食作る』と言い出されて」
もう誰も驚かない、当麻の突発的な行動が報告される。
料理は、気が多い当麻の趣味の一つである。
普段の食事は母屋で家族と一緒に摂っているので、彼が自ら作ることはまずないが、ふと気まぐれに思い立っては離れのキッチンで変に拘った料理をしてみたりする。
本当に偶にしか作らないのに、これがかなりイケルと、希少価値も手伝ってか評判は良いから不思議なものだ。
「誰か一緒に食うかって訊いてくれたんで、俺達全員食わせて貰いましたv」
「春臣は作るの手伝って、自分と孝志は片付けを」
「俺達は食うの専門でv」
「手伝えよ、お前らもよー・・・」
何やら揉め始めた舎弟たちの姿は、最早征士の目には入っていない。
その脳裏には、いつも手持ち無沙汰に後ろから眺めるしかない、キッチンの光景が広がる。
ジーンズに包まれた当麻の細い腰が、調理台とコンロの間を行ったり来たりする様が。
そして、自分で自分の姿など見えた訳もないのに、なぜかカウンター付近で途方に暮れている男の姿まで浮かんで、少しブルーになってしまう。
しかしそんな場面でも、(他人にはやはり判別できないらしいが)そういう時の征士の気持ちを、当麻は必ず分かってくれるのだった。
不得手ながら何か手伝いたくて。でも、どうして良いか分からずにウロウロしてしまう気持ち。
例えできる事がなくても、明るく雑然とした空気の中で近くに居たいと思う気持ち。
役に立たない大きな男が一人ウロウロオロオロしていたら、キッチンではさぞや邪魔だろうに、ただの一度も「邪魔だ」とか「向こうへ行ってろ」と言われた試しがない。
嬢と言えば口が悪い。口が悪いと言えば嬢!とまで言われる当麻が。
実際は、「征士ぃ、ヤル事ないならそこに椅子持ってきていーから。ビールでも飲んで待ってれば?」とか「俺にも注いでーv」とか。
ときどき「手伝いたいなら皿出せよ」などと仕事を振ってくれもするが、皿と言われても情けないことに、征士にはいつもどれを取り出せば良いのか分からない。
そんな時も、だいたい「バカ・・・」と一言オマケ付きで、苦笑しながらどの棚にあるどの皿と、当麻に細かく指示を貰うやりとりが、征士にはまた愉しいのだった。

次はいつ、ああいう休日を過ごせるのか・・・・・。
思って征士は涙ぐみそうになってしまう。
が、言うまでもなく、表情に変化はほとんど見られない。
そして。
「・・・・・楽しそうだな・・・」
やれ誰が皿を割りかけたの、当麻を怒らせたの、挙句に頭を叩かれたの頬を抓られたのと、マゾのように嬉しげに申告し合う面々へ、羨ましそうに恨めしそうに、投げられた台詞は例によって理解されず。
「うっす。面白かったですし」
「旨かったっす。鍋焼きうどん」

若頭は深ぶかとため息をついたが、怒りはしなかった。
なぜなら、彼は温厚だから。
なぜなら、彼は疲れていたから。
さて、どちらでしょう。
傍に控える沢木が、どこか痛そうな表情で強張って・・・笑いを堪えていた。


「そう言えば今朝、嬢と哲が揉めてたんスけど」
「揉めてっつーか・・・・」
「ありゃぁ単に嬢が駄々捏ねてたんだろーがよ」
「朝は機嫌悪ィからなぁ」
単なる駄々とは言え、当麻の駄々を聞き流しておくと、後々大事になりかねない。
「若、顛末は・・・・?」
耳に入っているかと、心配げなイカツイ面々。
征士は殊更丁寧に映るほどゆっくりと煙草を灰皿へ押し付けながら、伏目がちに笑った。
「あぁ、聞いている」
たぶん当麻を送り出した直後だったのだろう。
今日は何とか仕込みピアスを着けて行ってくれたが、明日はどうだか分からないと、悲壮な感じで哲から連絡を受けている。
ちょうどその哲と同じ深刻な様子の顔たちを見回して、舎弟達には悪いが微笑ましく思ってしまう征士であった。
「心配するな。新しいデザインのピアスはとっくに注文してある。そろそろ出来て来るんだろう?」
台詞の後半は沢木への確認。
「はい。今週中には」
しかし。
心配するなと言われても、納期がはっきり判っても、男たちの表情は晴れない。
押し黙ったその面には、しっかり不安が浮かんでいる。
(心配するなって・・・) (今週中って・・・)
(明日はどうするんだ、明日は!?)
明日ってーか、もう今日じゃん!! という切羽詰った突っ込みまで聞こえてきそうで、思わず上がってしまった口角を隠すように、征士はコーヒーカップに口をつけた。
「心配ないと、言っている」
不思議と、内心の笑いが表れない口調。
「まぁ見ていろ。また暫くの間は、黙って今のピアスを着けていてくれるさ」
たぶんな。と付け足された言葉とは裏腹に、自信ありげな口振り。
「今日のはただの前フリだ。本番は直接私へ言ってくる」
こうまで断言されると、一同そういうものかという気がしてきてしまう。
「だが本番はナシだな。その前に新しいピアスが出来て来るだろう」
まぁ、若が言うなら、そうなのだ。
何と言っても、嬢のことは若が一番良く分かっている。と。
安堵感が満ちたところで、おもむろに征士が立ち上がった。
「沢木、今朝は少しゆっくりできるんだったな」
「はい、9時頃で良いかと」
黙って頷いて、歩き出す。
「お疲れ様でしたッ」
低音×多数。
「あぁ、お疲れさん」
背中越しに返して、若頭は悠然と事務所を後にした。



今回のような、子供のような当麻の駄々は時々勃発する。
征士が言ったとおり、一度目のそれは確かに前フリなのだろう。
いつも間接的に主張する。
主張の内容は毎回違えど、意味は常に一つだと、征士は思っているのだった。
『なぁ・・・・ちょっと、俺のこと忘れてない?』
むぅっ。と唇を尖らせて、拗ねたように言われているような気がするらしいが、本当のところは判らない。
たぶん駄々を捏ねている本人も判っていないだろう。
実は『またそろそろ、征士にケンカ売っとこーv』という、極めて軽〜いことなのかも知れない。
が、とにもかくにも。
当事者2名のうちの一方が好きなだけ好きなように主張し、もう一方がそれを『可愛い・・・』と思っているなら、これ以上お手軽な平和はない。
もう・・・勝手にして。である。

novel  next