this page is...novel
BODY & SOUL 8

BODY & SOUL 8

伊達組の組事務所は、常に整然としている。
それは静物が、あるべき所に整然と有る、ということだけではなく。
人物でさえ(ご面相と風体、体格を除けば)意外と真っ当で。
全体的に落ち着いた雰囲気のそこは、組事務所というよりは、どちらかというと企業のオフィスのような印象を与える。
それもこれも、理由は偏に指揮官───幼い頃から行儀だ礼儀だと殊更厳しく躾けられてきた後継ぎ、若頭の人となりに因ると思われるが。
それゆえに。
この事務所では、机の上に足を乗せるなどというフトドキな事をする人間は一人もいない。
そう、この人を除いては。
「ん─────っ。」
応接セットのソファーの上。見ている方まで気持ちよくなる程思いきり仰け反って伸びをしているのは、本人決して認めたがらないだろうが、伊達組若頭姐。
その名を、羽柴当麻という。
反らされた薄い胸から脇腹にかけて、体にフィットする白いシャツに大輪の真っ赤な花を咲かせている彼は、黙っていさえすれば、ちょっと童顔だが整った顔の好青年。
だが口を開けば一気にべろんと化けの皮が剥がれる、ただの“オレ様”である。
元来の性分に加え、家人から大切に可愛がられ伸び伸びと育てられすぎて形成されたこの個性豊かな困った人格は、なぜか愛されてもいるので始末が悪い。
このオレ様。きっと、従兄とは対照的に“躾けられた”という記憶など一切持ち合わせていないのだろう。どうせ。
(当時の保護者達にしても、「躾・・・・?あー・・・忘れてた・・・・・」というトコロだと思われる。)
ローテーブルの上で無雑作に組まれた細い足が、粗暴さとしてではなく奔放さとして映るのは、本人の才能か、はたまた周囲の色眼鏡ゆえか。
ストレートのブルージーンズの裾から覗く素足の白さが、どうしても舎弟達の目を引き付ける。
テーブルの足元に転がされたサンダルは踵が少しあり、形も華奢。果たして本当に男モノなのか、甚だ怪しいシロモノだ。
少し伸びすぎた感のある前髪は、鬱陶しかったのか極細のカチューシャですっきりと上げられていて、露になった額が童顔を余計幼く見せていた。
「コーヒー飲みたい人ぉー」
よく通るテノールで訊きながら、うにょ〜んと挙げられたひょろ長い右手が、『まず、俺は飲みたい!』と大きく主張しているのに、舎弟達の野太い声が我も我もと追従する。
頭の後ろで両手を組んで、それを眺めた当麻は満足そうににんまり笑った。
皆に希望を訊いたのは、自分が飲むついでに煎れてやろうと思ったわけでは勿論なく。
まぁ、ここでは誰もそんなことは期待していない。
「───じゃぁ、コーヒー煎れたい人ぉー」
シ───ン・・・・・。
居ない居ない。居るわけがない。
舎弟達は一様に首を竦め、頭を低くして固まった。
ここで当麻の目に留まっては、人数分のコーヒーを煎れさせられてしまう。
ひぇ〜、どぉーか俺に当たりませんよーにっ。という彼らの切実な心の声は充分聞こえていたのだろうが、当麻はあまり迷う様子も無くひょうっっと白羽の矢を放った。
「タカユキ〜。」
ふつっ、と。無情にも矢を当てられたのは、言うなれば順当な一番のシタッパ。
「タカ、ご指名ーっ」
「大当たり〜!!」
ヤンヤヤンヤの喝采を浴びながら、ガックリと顔を伏せた青年。「うるさいっ!!」と怒鳴りたいのだろうが、周り中が目上の人間である。仕方なしに辛うじて言葉を飲み、机についた手で勢いをつけてしぶしぶ立ち上がった青年は、諸悪の根源がチョイチョイッと指先だけで己を呼ぶのに、恨めしそうな表情で、それでも素直に足を向けるのだった。
さて、難を逃れたその他の組員たちは、緊張から開放された(大袈裟・・・)ゆるゆるの空気の中、立って行く弟分をご機嫌に見送っていたのだが、その緩んだ空気も長くは続かず。
ある者は目を瞠り、ある者は眉を顰め、またある者はポカンと口を開け・・・・・。それぞれがそれぞれに面白い表情で固まりながら、ソファーセットを見つめる。
しばらくそのまま見つめて。
・・・・・るーるるー・・・・・。
強面の男たちは泣きたくなった。

当麻の存在は、組の中では特異である。勿論、組員ではなく。しかもカタギの、(全然そうは見えないが)歴とした医者で大学の教職員。自分たちとは全く違う世界に生きながら、だが確かに裏社会の血筋。尊敬する若頭の従弟であり、その上コイビトでもある。
本人が認めていなくても、当麻は組員にとって“姐さん”なのである。
そして、姐さんが男だということは、あまり問題ではなかった。
そんなことは関係なく、当麻は彼らの“憧れの人”なのだ。
こっ恥ずかしいので誰もそのままズバリは口にしないけれど。

その憧れの姐さんが、煙草を吸う、とする。
細い指の、更に細くなった指先に摘み上げられた煙草が、形の良い薄い唇の端に咥えられる。
その煙草に火を付けるのは、若頭が居れば若頭が。そうでなくても、ごく限られた側近のみに許される特権のようなものなのだ。
なのに。
ソファーの脇に立った弟分は・・・・
その当麻から煙草をもらい、尚且つ火までつけてもらっているではないかっ・・・・!!
そんな羨ましいオプションがつくなら、コーヒーくらい自分が煎れたさ・・・と、どんより沈んだ顔ぶれの前で、俄かに機嫌を良くした孝之が、当麻に砂糖とミルクの分量を訊いている。
『まぁ、人の使い方は上手いよな・・・・』
『飴とムチっつーの?』
普段吸わないメンソールの煙草を美味そうに吸う弟分を横目に見ながら、組員たちは、次の機会に“コーヒーを煎れたい人”に立候補するであろう自分たちを想像する。その時には、きっとご褒美はないだろうが。
分かっていても踊らされるのだろう。きっと。
当麻の仕掛けが巧妙なのか、自分たちが単純なのか。
『・・・俺たちの単純さを見越して仕掛けてくるんだよな、嬢は・・・・』
『悪魔だ・・・・』
それでも、慕う気持ちは変わらない。
変わらないどころか。
ますます蒼い悪魔に魅入られていく単純バカ一同。

高揚したり落ち込んだり。
そうこうしながらも一同はこの日、ある種安心感のようなものを共有していた。
それは、この後ここへ帰って来る若頭を迎えるにあたっての心構えというか、気の持ちようというか。(大袈裟・・・)
いずれにしても、どこか気持ちに余裕がある男たちであった。
その理由は。
嬢がいるから。
たったそれだけが、この事務所では決定的に大きい。
彼がいるだけで、戻ってきたその瞬間に、若頭を喜ばせることが出来る。
自分たちが何かを為した訳でもないのだが、なぜか誇らしいような気持ちで上司の戻りを待つ舎弟たち。

そう、誰もが思っていた。
このまま征士の帰宅を迎えられると。
一本の電話が入るまでは。

novel  next