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Heaven's Kitchin  an extra of "BODY&SOUL"

カコーーーン・・・・・

庭先の鹿威しが風情のある音を響かせる中、日本有数の指定暴力団・東日本連合会のドンと恐れられる初老の男は、座敷で・・・ただの好好爺と化して将棋に興じていた。
秋らしい渋い色合いの大島をまとった腕を厳しく組んではいるが、機嫌は上々。
戦局は決して、というか、全く有利では無かったが、そんな事は問題ではなかった。
理由は簡単。大学法医学教室の准教授、学会(準備)だと称してここ暫く家を空けていた、気に入りの孫が晴れて帰宅し、やっと対極相手をさせられたからである。
孫の好物である、老舗の和菓子・栗きんとんを茶菓子として並べてあるので、孫本人の機嫌も良い。
『待った』もかけ放題。心行くまで次の一手を熟考できるというものだ。
「・・・そういえば、征士が戻るのは、明日だったかの?」
そういえば、くらいの話である。
もう一人の・・愛想の良くない、というより、無い方の孫─自分に似ている、とよく評される─ もここ10日ほど家を空けていたのだ。
出先は広島。同業西日本組織の一大拠点地である。
「ん、そう。明け方になるらしいよ?」
と、こちらは煎茶のお代わりを注ぐ舎弟にまで愛想を振り撒く、医者には見えぬ孫─ 当麻。
不思議に深い色合いの蒼瞳を細めて、旨そうにずずっと玉露をすすり、「気にしないで寝てろって言ってた。」と続けるのに、「当たり前だっ。誰がそんな時間まで待つか!」とすかさず突っ込み、祖父は孫を苦笑させた。
眠りをこよなく愛する当麻のこと、寝ないで待つ・・という選択はあまり無いように思えるが、何か没頭できる事さえあれば、昔から徹夜もいとわない。
祖父の懸念も故のないことではないのだ。
しかも、従弟同士である孫二人は、非常に仲がいい。それはもう、面白くないほどの仲の良さだ。
「・・して、明日は?どこぞへ出掛けるのか?」
「んや、特に予定は無いから、ウチにいますー」
「ふむ・・・」
数ヶ月前になるだろうか。その、嫌に仲の良い二人が、少々大きな喧嘩をしたのは。
喧嘩というか、何と言うか・・・。
祖父が立ち会ったのは、もう最終盤。怒った当麻が従兄を許すためにお膳立てした罰ゲームの場面だった。
いつもは小癪で可愛げのない孫の片割れが、ちょっと悄然としていたのが小気味良かったものだ。
本人達は勿論、事情を知っていそうな舎弟たちも詳細を語らないので事情はハッキリしないが、どうやら多忙ゆえのすれ違いが原因だったようではある。
後から聞いた所によると、普段から愛想が無いくせに不機嫌に黙した孫は、大学まで従弟を迎えに行き、戻った車から、血の気の引いた顔で意識の無い従弟を抱えて降りてきたらしい。
・・・・許し難い・・・。知っていれば、あんな罰ゲームくらいでは済まさなかったものを・・・と、祖父が眉間に皺を刻んだところで、孫の飄々とした声に呼ばれる。
「祖父ちゃん。征士の心配もイイけどさ・・・そろそろ、次の手心配した方がイイんじゃねぇの?俺の見立てじゃ、最短4手先で詰んじゃうよ?」
「! 誰が征士の心配をしとるんじゃっ」
チョロリと可愛い舌を出して見せる孫の悪びれない顔を苦りきった顔でジロッと睨んで、もう一つの指摘に気づく。
「・・・待て、4手先だと・・?待て待て。どこで間違えたんだ」
「どこって・・・・。限定するのは難しいなぁ」
可愛い孫は、しばしば小憎らしい。
仕方が無い。口惜しい気もするが、孫達のことは本人達に任せるしかない。
(後は若いお二人で〜というヤツか・・・)
男は、むむ・・・と唸りながら、多少の諦観と共に、盤上へ意識を集中した。



「・・・・・・・逃げられた・・・・のか・・・・?」

祖父と孫が微笑ましいヘッポコ将棋に興じてから一夜明けた、翌朝。
東日本連合会二次団体であり、かつ最大組織でもある伊達組本家の離れ。若頭が、従弟と共に寝起きする寝室で。
ベッドの上、パジャマの上半身を起こした若頭は、半ば憮然と呟いた。
遮光カーテンが引かれたままの暗くひっそりとした室内に、彼独特の、語尾を1ヘルツも上げない疑問文が、本人の耳にさえ厳然とした事実のように響く。
数時間前、新聞が配達されるよりも早い時間に帰宅を果たした彼は、ぐっすり眠っているとはいえ、本当に久しぶりに最愛の従弟との再会を果たし。
非常に満たされた気分で、腕に馴染む従弟の細腰を抱きこんで眠りについた・・・のだが。
今、ベッドの上には、彼一人である。
畏怖を感じさせる程に整った西洋彫刻のような面の眉間に、祖父と良く似た皺をよせたまま、不機嫌そうな眼差しを時計に据えた。
日曜日の、午前9時前。
暫し考えるが、なぜ従弟がベッドに居ないのか、皆目分からない。
サイドテーブルから煙草を取り、一本抜いて咥え・・・・・火をつける前に、ハタと気づいた。
欲しいモノは、煙草(これ)ではない。
口から放した煙草を腹立ち紛れに手折って、箱と共にシーツの上に投げ捨てる。
苛立ちと共に寝起きの髪をかき上げ、征士はのそりと立ち上がった。

従弟とは、お互いの仕事のために、10日以上ぶりの逢瀬である。
過去の苦い経験を踏まえ、出張中もメールでは連絡を取り合っていた。
あまり相手の多忙を気遣い過ぎて、自分のストレスを溜め込むな ── との、有り難ーい従弟の言葉に従って、今回は帰宅の予定を知らせた上で、在宅の確認も取っていたのに ── なぜ、ヤツは居ない?!

苛立ちを抱えながら洗面所を経由し、リビングを経てたどり着いたキッチンダイニングで、征士はようやく探し人を発見した。
朝日の差す明るいカウンターの向こう、見慣れた ── しかしいくら見ても見飽きない、華奢な姿がある。
眩しさに目を眇めながら白い空間へ黙って近づき、征士は開け放たれたドアにもたれ、ゆっくりと2度ノックをした。
「あれ。もう起きちゃったのかよ?メシが出来てから起こしに行ってやろうと思ってたのにー」
「・・・何をしている・・・・」
征士の疑問も尤もだ。
従弟の、ごく偶に発現する趣味の一つに料理がある・・・という事は、征士も承知している。してはいる、が。
日本有数の裏組織の本家、直系の跡取りであるカリスマ的若頭と、その従弟である。加えて当麻など、その華奢な容姿と強烈なキャラ立ちから、舎弟たちから『ジョー』(陰では『お嬢』)と慕われ持ち上げられる立場だ。
黙っていても上げ膳据え膳。料理をする必要は、全く無い。
それが、なぜ今この時に、メシを作る・・・?
せっかく従弟の顔を拝みながら、征士の眉間の皺がスッキリ消え去らないのも、仕方ないと言えるだろう。
が、そんな瑣末な事に拘る従弟では無かった。
なんと言っても、何様オレ様当麻様だ。
「昨日ネットで旨そうなレシピ見ちゃってさー。ベーコンとほうれん草入りのキッシュ。まだねー、んー・・焼き上がるまで20分ぐらいかかるかな」
と、満面の笑み。
「なるほど・・」
確かに、オーブンが何やら働いては・・いる。
だが、そういう説明を求めたワケでは無いんだが・・との思いは、音に成らず。
裏社会ではひとかどの尊敬と畏怖を集める若頭は、おとなしくカウンターへ落ち着くしかない。
それでも、やはり一言くらい言いたかったのだろう。
「居ないから、探した・・」との言葉は、拗ねた子供のように響いた。
「悪い悪い。食べたいと思ってたら、珍しくちゃんと目が覚めてさー」
と言う当麻は、なぜか・・どこか得意そうである。
胡散臭い事を・・と目を細めた征士だったが。
お前良く寝てたから起こさずにおいたんだよね、と柔らかく続けられてしまうと、いつまでも不機嫌ではいられない。
「ちゃんと寝られた?あんま寝てねーんじゃねーの?」
梨なのだろう、オレ様な性格とは掛け離れた繊細な手が、器用にカットしてリズミカルに皮を剥いていくのを、しっかり懐柔されて眺める。
「いや、四時前には帰ったからな。・・・まぁ、五時間は寝た計算か」
「五時間ねぇ・・・」
顔を上げた当麻は、ちょっと渋い顔をして見せる。
光沢のある薄いグレーの長袖Tシャツの袖を肘近くまで捲り上げるようにしているので、すんなりとした腕がかなり晒されている。
ドレープ状の胸元が大きめに開いた襟ぐりに、さりげなく覗いた一対の鎖骨も艶っぽい。
目を奪われていると、魔法のように、目の前へ真っ白で厚手の紅茶カップが差し出された。
「ハイ。今日は、お前も紅茶デス」
有無を言わさず上機嫌に渡された、濃いトパーズ色の飲み物をおとなしく受け取る。
当麻は紅茶を好むが、征士はいつもコーヒーを飲みつけているため、なにやら日常とは違った・・新鮮な気分を喚起され。征士はゆっくりと香りを吸い込んでから、刺激的な渋味を口に含んだ。
「・・・美味いな・・・・」
素直に口をついて出た言葉に、更に当麻の笑みが深まる。
満足そうに笑んだまま、当麻はマグカップで・・たっぷり砂糖の入ったミルクティーを飲んで。
梨とぶどうを盛ったプレートも手に、カウンターを回って来た。
そのままダイニングテーブルへ向かおうとするのを、たまらず呼び止める。
「・・・当麻」
「ん?」
きょとんと振り向いて、何を理解したのか苦笑し。
従弟は進路を変えて征士に歩み寄り、フルーツのプレートもカウンターへ置いてしまった。
「・・・・・・・・・」
ジーンズに包まれた細い腰を、征士は座ったまま抱き寄せる。
すっぽりと腕に収まった馴染んだ体の、薄い胸に顔を埋めると、従弟の指がやけに優しく頭をかき回す。地肌を撫でるように。
「・・・・おかえり」
囁くように言われて、ああ・・と、くぐもった声しか返せない。
それでも、当麻の指は、宥めるように褒めるように、変わらずゆっくりと従兄の明るい色の髪を梳き続けた。

「・・そういえば、伸とは喧嘩しなかった?」
なかなか放してくれない征士の顔を覗くようにして、当麻の問い。
今回の出先は広島だったので、約十日間、この天敵とも言うべき同業者と始終行動を共にしなければならなかったのだった。
征士にとって、数あるストレスの最大要因だったのは間違いないが、流石に従弟は、良く分かっている。
「・・・はっきりソレと分かるようなのは・・・な」
胸の内で密かに二回は埋めたが・・・と続いた正直な自白に、当麻はクスクス笑いながら、上出来上出来、と労ってまた征士の頭を撫でた。
「でもさ、二回で済んだんだったら、伸の方もかなーり我慢してたんだぜ?・・たぶん」
「まぁ・・・・そうだろうな・・・」
同意しながらも、征士の応えは苦りきっている。
その反応にフフッと笑って、
「頑張った子にはご褒美あげマス〜」
と、当麻はカウンターのフルーツプレートから摘んだ梨を一切れ、従兄の口へ運んだ。
大人しく差し出された物を口にして、征士はシャクシャクと咀嚼しながら、目で(美味い?)と問われたのに頷いてみせる。
「・・・どちらかと言うと、もっと大人な褒美の方がいいんだがな・・」
偽りのない、とても素直な要望だったのだが、言った途端にフフンと鼻で嗤われ、後頭部をぺチンと叩かれた。
「まだ朝だってば」
と、当麻は嗜めるが、叩き方も言葉もやはり優しい。
きっと午後なら構わないだろう、と一人勝手に結論付けて、征士は改めて従弟を抱きしめて深く息を吸い込む。
当麻が好んで使うコロンの、甘いような清しいような、微かな香りが胸を満たした。



さてその頃、同じ離れの、こちらは玄関。
体格の良い男がスーツの上着を脱ぎながら、セキュリティーを潜った。
伊達組若頭より、栄えあるお嬢付きを拝命している舎弟である。
今日は朝から、そのお嬢の用事を申し付かって出掛けていたのだが、案外早く戻って来られた。
どうだろう、朝から料理をするゾと宣っていたお嬢の、手伝いでまだできる事があるだろうかと、キッチンへ続く廊下を足取り軽く辿っていたのだが。
視線の先、白く色が飛んだようにも見える、きらきらと明るいキッチンのカウンター前。
二つの人影が・・・どうやら一つに重なっているように見えて、足を止める。
カウンターのスツールに掛けた、肩幅のある背中と、その背に手を回した、華奢な見慣れた人影。
立っている方の人物は、蒼い髪を揺らして上体をかがめるようにすると、従兄の耳元に何か囁きかけている。
舎弟 ── 哲の口角は、自然に上がった。
明るさだけによってでなく、とても眩しい光景だった。

もう少し見ていたいような気もしたが、ふと上がった当麻の目が、哲を認めて苦笑する。
ちょっと首を傾げて、自分を抱える従兄を指差してみせる。
哲も笑って頷いてみせ、(また後で顔出します)と敬礼してから踵を返した。

ニューヨークはマンハッタンに、ヘルズ・キッチンという地域がある。
その昔、とんでもなく治安が悪く、非常にホットな犯罪エリア ── 地獄の中でも最高に暑くて最悪な場所と、同じくらい酷い、との由来から、『地獄の台所』の名を冠するようになったという話を聞いた。
それでいくと、背後の光景は、間逆の光景だろう。
光の溢れる、イイ匂いも満ちた、温かい、理想的な環境・・幸せな空間。まさに、天国だ。
そう、特に若頭にとっては。
さしずめ『ヘブンズ・キッチン』か。
・・・・キッチンだけに?

こみ上げる笑みに顔を伏せ、ゆっくりと廊下を遠ざかりながら。
舎弟は自らの考えに、満足げに笑みを深めた。

─────── Heaven's Kitchen

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