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Longer than forever 8

Longer than forever 8

天高く馬肥える秋

確かに、空は高くなったと、征士は頭上を仰いで思った。
すっきりと抜けるような青い天球には、雲も見当たらない。
街路樹はいつの間にかすっかり真黄色に色づいて、歩道はさながら銀杏の絨毯張りだ。
朝晩はかなり冷え込むようになったと思っていたら。
「もう晩秋だったんだな・・・」
気づかなかったと、独り言のように呟いて、手の中の無糖の缶コーヒーをまた一口呷った。
視線の先に、いつか見たものと同じ巨大広告。
あの時は夜の雑踏の中、スポットライトに照らされて浮かび上がって見えたものだが。
今は燦々とした陽光の中、ビックリ眼を見開いた美人を包んだパジャマとシーツの白が眩しい。
「冬になる前に気づいて良かった・・・」
お前がいない間は仕事しかやる事がなくて・・・紅葉も目に入ってなかったな・・・。
これ見よがしに哀れっぽく、広告の美人に向けて呟く征士のすぐ後ろ───凭れかかった愛車の助手席から、楽しげなクスクス笑い。
「誰と話してんの。俺はこっち!」
サングラスをヘアバンドのように頭へ挿した当麻が、笑いながら睨んでいた。

あれ以来、一緒に住んでいる。
・・・その筈だったのだが、当麻が仕事で日本にいないことも多く、ほとんど別居状態。
やっと示し合わせて休みを重ねられた、今日はもう、当麻の誕生日を過ぎた・・・どころか月まで変わってしまっている。
そして流れに流れた誕生祝い。
結局品物のプレゼントは話しだけで固辞されて、「かわりにドライブ行きたいv」と。
無邪気な希望に征士も否やがあろう筈もなく。
二つ返事で了承したが、だったらついでに温泉で一泊するか、と。
ふった話しに当麻は「Japanese spa resort !? 俺、行ったことない!」と子供のように喜んだ。
今、膝の上には家を出てすぐの書店で手に入れたガイドブックを開いている。
玄関を出てから30分と経っておらず、寄り道のせいでまだ国立市内からも出ていない。
という、そんな中でも『楽しくて仕方ない!』と主張するキラキラした目で見上げてくる恋人に、征士の方まで高揚させられる。
それを理由にした訳ではないが、征士は全開の窓越し、その恋人にそっと口づけた。
羽のようなキス。
目を閉じて素直に受けたくせに、唇が離れると当麻はくすくす笑って、その細い指先で征士の頬をつねるフリをする。
「朝から何回目?」
「・・・すまん。つい、な」
一応言葉では謝りつつもあまり悪びれた風もない征士に気持ち長めの眼差しを送って、当麻は笑みを深めて目を落とした。
膝の上のガイドブック───そのページの見出しには大きく『喰いどころ』の文字が見える。
あまりの“らしさ”に、征士は珍しく声に出して笑った。

「この広告は特に好きだな」
件の広告を仰いで、聞かせるともなく呟く。
「・・・そういう方が好みか?」
しっかり聞きとがめた当麻も、眩しそうに目を細めながら大写しになった自分を改めて見上げた。
そういう───いつもの、善く言えば艶がある、悪く言えば(率直に言えば)毒のある、キョウレツな印象の映像とは明らかに違う、微笑ましい映像。
「そういう訳ではないが、この方が普段に近いだろう」
しかし、あまり他人に見せたくない気もするな・・・。
相変わらず広告に向かってぶつぶつ言う征士に「わけ分かんないよ、それ」と苦笑して、当麻はまたガイドブックへ戻る。
やっと『見どころ』紹介ページへ移ったのだろう、神社仏閣の案内をねだる恋人に、征士は「任せておけ」と気安く請け負った。

その時───
なぜその人影に目が止まったのか、征士自身にも分からない。
急ぎ足のビジネスマン、子供の手を引いた母親、散歩中の老夫婦、ジョギングする男性。
いろいろな人が行き交う、広い歩道の向こう。
件の広告の下に佇む人物から、なぜか目が離せなくなってしまったのだ。
片手に書類鞄を提げ、もう片方はポケットへ入れるでもなく、力なく下へおろし。
少しなで肩ぎみの後姿は、取り立てて目立つこともなく。
ただ広告を見上げていた。
いや、当麻を、なのか。
いつからそこでそうしていたのだろうか。
征士が思って見つめるその前で、まるで彼の視線に気づいたように、その人物は振り返った。
緊迫感と焦燥感。
これまた自分でも説明がつかない感覚に、征士は戸惑う。
こちらに向き直った人物の表情が読めるほど近い距離ではない。
それでもなぜか“見える”、“分かる”気がするのだった。
彼は驚いたような表情で、征士の横───車の中の当麻を見ている。
気のせいだろう。
そんな偶然があるものかと思いながらも、自分の体で車窓を遮りたい思いに駆られる。
扇形の黄葉が、はらはらと散り落ちていく。
結局征士は、車体にもたれた体を動かせなかった。
全ては気のせいだったのかも知れない。
彼は、車窓から離した視線を征士に移すと、軽く頭を下げる仕種を見せて、ゆっくりと歩いて行った。
ような気がした。



「征士、猫平気?」
「・・・・平気、とは?」
いつにも増して唐突な問いに、慣れているとは言えいささか酷いと、征士はいま少しの解説を求めて助手席へ視線を流した。
車は順調に東北道を北上している。
「や、ほら。猫ダメな人って、ホントにダメって言うじゃん?」
好き嫌いじゃないって。
「あぁ、アレルギーか?それなら、私は大丈夫だ」
あまり親切でない解説者は一人で納得したあげく、「よかったv」とご満悦である。
「猫を飼うのか?」
話の流れからあたりをつけて、更なる情報公開を促す。
「うん。たぶんね。あの猫」
あの猫、と言われて思い当たるのは、先ほども見た広告の猫しか征士の頭には浮かばない。
「あの、毛玉みたいな仔猫か?」
意外そうに言う征士に頷いて、当麻は本当に嬉しそうだ。
「もうすぐ来るかも」
あの撮影が終わってお別れって時に、あのコ凄く鳴いてさ。
あのチッチャイ体であんまり鳴くから、死んじゃうんじゃないかって心配したくらい。
でも、俺が抱いたら鳴き止むんだ。
当麻はちょっと得意そうだ。
「で、なんだか俺も離れがたくなっちゃってさ・・・」
伸には『猫までコマさなくても・・・』って言われたけど。
でも、伸が交渉してくれたんだよ。
───それは、『たぶん』でも『かも』でもなく、決定なのでは・・・?とは、征士の心中。
だが、当麻の不適格な日本語に苦慮しながらも、手際よく仔猫の名前など聞き出している。
加えて、仔猫が来る日にはケーキでも買って歓迎会をするかと提案しては、確実に甘党党首の点数を稼いだ。
が、調子づいていた征士も次に聞かされた当麻の言葉に不穏なものを感じて固まる。
曰く、「どんなケーキが好きかな?」と。
聞き流そうとして出来なくはなかったが、“鉄は熱いうちに打て”の言もある。
「ちょっと待て。まさかとは思うが、猫にケーキを食わす気じゃないだろうな?よもや・・・」
「え、ダメなの?」
時速110キロ。滑るように走行する車内、如実に困惑を表した視線が錯綜した。
「猫ってケーキ食べないの!?クイニーアマンは?紅茶も飲まない?もしかして・・・」
「・・・・雑食だからな・・・やったら食べないことはないかも知れんが、普通は食べさせないだろう。どこから仕入れた情報だそれは?」
「・・・・・・・・」
かなりショックだったのか、すぐには返事が返らない。
そして、衝撃から少しすると、今度は何に対してか、微妙に悲しくなったらしい。
当麻は細い眉を下げて、小さな声で呟いた。
「ソ○ーのメールソフト・・・」
「なるほど・・・」
とりあえずは、無難な相槌を・・・。
実際に自分で使ったことがない征士でも、それがどういうモノかは知っている。
テレビの時代劇を素直にもそっくりそのまま信じてしまう当麻のことである。
どういう誤解かは容易に知れた。
が、情けない表情の恋人に、笑うに笑えず。
いや、勿論少しは笑ったが・・・。
「温泉から戻ったら、二人で猫の飼い方を勉強しておくか」
ひたすら甘い征士に、当麻は拗ねたように唇を突き出して「うぅ・・・」とそれでも頷いた。

高速は、長閑な田園風景を切り開くように遥かな先まで続いている。
うららかな、秋の日。

fin.
novel